祝賀会

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暫くしても先ほどの二人が帰ってくることはなく、会場の照明が少しだけ落とされると司会の女性の開会宣言の後に一人の中年男性が登壇してきた。 『岡嶋事務所創立記念パーティー』の垂れ幕の下の男性は、岡嶋悟志(おかじまさとし)と言って律仁さんの所属する事務所の社長だと彼が小声ながらに教えてくれた。  少し釣り目でやせ型。如何にも事務所の長である風格を醸し出している。  先程から物腰の柔らかそうな声で慶事を読んでいるが、社長と言う肩書が馴染みのない渉太は全身が硬直するほど緊張する。 今からこの人と対面することになるのだと思うと気が気ではなかった。  吉澤さんは律仁さんとの交際に目を瞑ってくれているけど、事務所の大看板である律仁さんに交際相手ができたと知って、アイドルとしては負債になりかねない。場合によって、好感は持たれていないのではないかと怯える気持ちが大きかった。社長の慶事の挨拶が終わり、乾杯の音頭がとられる。 しばしの食事と歓談の時間となり、周りの来賓者は各々で会場内を歩き回っていた。忙しなく関係者と思しき方々と交流をしている律仁さんに金魚の糞のようについていく。    人が途切れたところで急に律仁さんに「渉太こっちきて」と手を引かれて人を掻き分けて向かった先は、先ほど壇上で話をしていた男の元だった。ステージ付近のテーブルに渋い男性たちに紛れて談笑している。  渉太はいよいよ社長と対面するときが来たのだと内心では緊張で心音が速くなっていた。 「岡崎社長、ご無沙汰してます」  律仁さんは様子を伺うように腰を屈めて男の元へと近づくと会釈をした。 「おお、律仁。調子はどうだ?」 近づいた律仁さんに気づいた社長は、目尻に皺を寄せ、口角をあげて笑う。 「もちろん、順調ですよ。さっきもジャパンレコードの城嶋さんに挨拶してきたし、これから樫谷プロデューサーに声かけてこようかと思ってたところです」 「そうか、あの人はレイナが一番お世話になっているからね。顔も広いし、君も海外を視野に入れているのなら声を掛けておいて損はないよ」  渉太が隣で聞いていていいのかと躊躇う程の仕事の話が律仁さんと社長さんの間で繰り広げられる。おまけに海外という言葉を聞いて、律仁さんの海外行きは着実に話しを進められていることなのだと少しだけ寂しい気持ちにさせられる。 「まぁ……。過去に色々ありましたけど吉澤さんが次回のアルバム作成で樫谷Pに声掛けてくれているみたいなんで、本格的に始まる前に過去の清算をしておきたくて……」 「そうか、お前も大人になったな。朋子(ともこ)さんも君の成長ぶりに驚くだろう。長らく会っていないんだろ?」 「ええ、驚くどころか俺の稼ぎ以外に興味すらないと思うけど。それより社長。社長が会いたいって言ってた彼氏連れてきましたけど」 律仁さんにしては珍しく卑屈に鼻で笑う姿に少しだけ不穏な空気になっていたが、突然背中を押されて社長さんの前に出されたことで一気に緊張が高まった。
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