93人が本棚に入れています
本棚に追加
先程まで律仁さんを捉えていた社長さんの視線が渉太の方へと向く。
「ああ、君が律仁の……」
「は、は、早坂渉太ですっ。あ、あの社長さんっ。本日はっ創立記念という……おっ、御祝いの席にお招きいただきっ、有難うございますっ」
社交的な場に慣れていなくても挨拶くらいはちゃんとしておかないといけないことは分かっている。粗相があってはならないと思うあまり、慣れない言葉を使ったせいか声が上擦った。頭を下げてお辞儀をしながらも決して冷静な大人な対応とは言えない自分の姿に羞恥で顔が熱くなる。
「ははは、吉澤から話は聞いてはいたが大層真面目そうな子だね」
「でしょ?渉太は真面目だし、俺よりもしっかりした子だから社長も安心して俺達のこと温かく見守っていてほしいなー」
上擦った渉太の声に優しく笑う社長にいつもの砕けた様子で律仁さんが両手を合わせて社長に乞う。認めるか認めないかは社長さん次第。律仁さんに便乗して頼み込むなんて厚かましくてできなかったが、心の中では強く願っていた。
「律仁もいい大人だしな、恋愛するなと言うのは無理な話だろ。ただ、君は人気商売である自覚を持って日頃の行動には注意してくれよ。少し前の週刊誌のように軽率な行動は慎むように。じゃないと君に期待して預けてくれた朋子さんに示しがつかなくなる」
「はいはい。朋子朋子って、そんなにあの女のこと好いてたんならあんたが嫁に貰ってやればよかったのに。まぁ、あんたが父親になるのも気持ち悪い話だけど」
律仁さんは耳の穴を穿りながら、気怠そうに返事をする。時折冷めたような、投げやりのような態度をとる律仁さんのことが気になったが、とりあえず認めて貰えたと捉えていいのだろうか。
そんなに大して話していないうちに「あ、俺ちょっと樫谷Pのところ行ってくる。渉太は此処で待ってて?」と律仁さんが言い残して二つほど隣のテーブルへと移ってしまった。周りに数人がいたものの実質、社長さんと二人きりで取り残される。今から何を話せばいいのだろうか……。
渉太は戸惑いと緊張で冷や汗をかいていた。
最初のコメントを投稿しよう!