祝賀会

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「渉太‼やっと見つけた」  廊下に響く自分の名前を呼ぶ声に振り向くと律仁さんが息を切らしながら、駆け足で此方へ向かって来ていた。 「り、律仁さん⁉」 「待っててって言ったのに居なくなっていたからどこ行ったかと思って……。慌てて会場内探してた」 「すみません。外の空気が吸いたくなって……」  律仁さんは渉太の肩に右手を置いて呼吸を整えると目の前にいる雪城さんを見るなり、眉間に皺を寄せて一歩前へと踏み出した。 「おい、俺の恋人になんか吹き込んだんじゃないだろうな?」 「ちょ、律仁さん……」 「人聞きの悪いこと言わないでよ。吹き込むも何も励ましていたのよ」 大々的にそれなりの声量で『恋人』と言い張る律仁さんに恥ずかしさと周りの人間に聞かれたのではないかと焦りで渉太は狼狽えた。  彼の肩を抑えて声量を落とすよう促しても手を払われてしまう。狂犬のように噛みつく彼に対抗して、雪城さんも腰に両手を当てて彼を睨む。テレビでは美しい姿の彼女でも、こんな表情をすることがあるのだと渉太は驚かされていた。けれど、遠い雲の上の天使のように勝手に抱いていたイメージがいい意味で崩されていく。 「は?人の作った歌しか歌わないお前が人を励ますとか笑えんだけど」  鼻で笑い小馬鹿にする律仁さん。流石にそれは言い過ぎなのではないだろうか。同士なのであれば苦楽を共にしてきた筈だからそんな言い方は彼女が傷つくに違いない。 「はぁい?自分が作った歌を歌っている自分がカッコいいとしか思ってない貴方に言われたくないんだけど?作り手の詞に込めた想いを声で表現する難しさ知ってるくせに良く言えるわね。昔は歌に感情込めて歌えないってビービー泣いていたくせに」  律仁さんを止めに入ろうかと狼狽えていると彼女が負けじと反撃をしてきた。 「な、泣いてたわけじゃないし……」  珍しく律仁さんが負かされている。渉太は置いてきぼりになりながらも、渉太はいがみ合っている二人に「あの……。お二人って本当に仲いいんですね」と問う。一見仲が悪そうに見えて馬が合っているようにも見える。  一瞬だけいつもの癖でこの二人なら文句なしのカップルなどと良からぬことを考えそうになってしまった。 「まぁ……。一応、事務所の先輩後輩ではあるけど、事務所の寮で下積みとして暮らしていたころからの同士のようなものだから」  律仁さんが目を伏せながら何処か居心地の悪そうに答えたことで漠然とした不安が過ぎる。律仁さんが来る前の雪城さんの言葉でも思ったがやっぱりこの二人って……。今は渉太が恋人で律仁さんだって沢山愛をくれているのだから胸を張っていればいい。胸をモヤモヤさせることなんてないのに……。 「安心して?大学生くん、私と律仁は何もないから。この通り結婚だってしているし」  そんな渉太の不安を汲み取るように雪城さんは左手の手の甲を向けて薬指の指輪を見せてきた。彼女が既婚者だと知って、少しの安心を得ることは出来たが全ての不安が拭えたわけじゃない。 「私がいると貴方たちが拗れてしまいそうだから、行くわね」  渉太と律仁さんを残して去っていく後姿は自信に満ち溢れていて、やはり綺麗だと思った。自分はすぐに人の言葉に左右されて自信を失ってしまうというのに……。自分よりも強くてしたたかな女性だ。 律仁さんがもし過去に惹かれていた女性だったとしたら素直に頷けてしまうくらい渉太から見ても魅力的な人だった。 「渉太、戻ろうか……」  面映そうに頬笑む彼。あまり過去のこと詮索するのは今自分を愛してくれている律仁さんを疑うみたいで失礼だと自覚していても気になってしまう。だからと言って踏み込んで聞く勇気のなかった渉太は静かに頷き、先を行く彼の後を追うことしかできなかった。
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