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祝賀会を終え、律仁さんの運転する車で帰る帰路。走行しているうちに最寄り前を通過したところで、気づいた渉太は運転席を見遣る。
「律仁さん、俺の家通りすぎましたけど……」
「渉太に一緒に来て欲しいところがあるんだ。それに話しておきたいこともあって……」
律仁さんが一緒に来て欲しいところは一体どこなのだろうか。問いたくなったが、真剣に前を見据えて黙り込んでいる彼から、敢えてこっちから問うものではないような気がした。沈黙の車内の中、窓の外を眺めているとコインパーキングで車から下ろされ、自宅から三十分程離れた位置にある、都内有数の大きな公園へと到着した。
渉太も何度か通ったことのある公園。大きな広場のある並木道を歩いていると、僅かに広さがあり、路上パフォーマンスができそうな芝生前の歩行通路に辿り着いたところで律仁さんが足を止めた。
「俺さ、アイドルやってるけど歌うの嫌いだったんだよね」
律仁さんは何かを懐かしむように一点を見つめて呟く。あんなに音楽に関して熱心で、自ら作詞作曲もし、歌うことに誇りを持っている彼が、歌うのが嫌いだったことに驚きだった。
「それでも事務所は当時、アイドル育成に力入れててさ、嫌々レッスンとか受けてて。反抗してバックれてたりとかもしてたんだ」
「熱心な律仁さんが……。想像できないです」
「でしょ?」
いつもの冗談にしては、空気が重々しくて苦しそうに笑う。
律仁さんは下を向いて深呼吸をするとゆっくり足を踏み出して、通路の真ん中に立つと向かい合ってきた。まるで律仁さんの立っているところがステージで自分が観客のような感覚がした。
「そんなとき出会ったのが雪城レイナ……。いや、鈴奈だったんだ」
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