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公園の遊歩道を歩きながら律仁さんが当時のことを思い出すように話してくれた。幼い頃から子役で活動していた律仁さんは成長するにつれて需要が減っていき、そんな彼に事務所の意向で歌やダンスのレッスンを受けさせるようになった。最初は嫌々ではあったものの、歌の才能があると褒められたことで少年時代の単純さから続けられていた。
しかし、中学生に上がり変声期を迎え歌い方が幼い頃と変わってしまい、上手くいかなくなってから歌うことが楽しくなくなっていたのだという。歌へのスランプと当時の思春期特有の親や事務所への反抗心から逃げてサボっていたところに出会ったのが、此処の公園で路上ライブをしていた、彼の二歳上の彼女、雪城レイナこと雪城鈴奈だった。
「鈴奈の歌を初めて聴いたとき雷に打たれたみたいに頭からつま先まで電撃が走ってさ、アコギを片手に必死に歌っていた鈴奈がカッコよくて、楽しそうに歌っている姿が眩しかった……」
律仁さんは僅かに悲しそうな笑みを浮かべていた。
渉太が見る限りではまるで地底など知らない歌姫のようだった可憐な彼女がストリートで、尚且つ違う系統で歌っていた時代があったことに驚いた。
けれど、律仁さんを魅了するくらいなのだからこの頃から雪城さんの歌は人の心を掴むものを持っていたのだろう。
複雑な心境ではあったものの、律仁さんから伝わる彼女の人間像はやっぱり渉太の思った通り強かで芯のある女性なのだと確信した。
一七歳で上京する決断は簡単にできることじゃない。
「鈴奈自身は言い方がいちいちキツいし、優しいとは言えない性格だったけど、彼女の言うことは筋が通っていて、捻くれていてどうしようもなかった俺自身、励まされた面もあったんだ。それでその、歌声も鈴奈自身にも惹かれていったというか……。初めて誰かを好きになったんだ……」
仄かに耳朶を染めながら自分の初恋の話をする律仁さんを見て自然と不快感はなかった。
最初は律仁さんが雪城さんに惹かれていたなんて聞いたら、自分の醜い嫉妬心で彼の話なんか冷静に聞いていられないと思っていたが、意外と落ち着いて聞けている自分がいる。
それはほんの少しとは言え、彼女と話した渉太でも分かるくらい雪城さんが一人の人として魅力的な存在であることが分かるからだ。
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