歌の恩師で初恋の人

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決して彼女が裏切った訳ではない。彼女にも母子家庭で弟を大学に行かせるために一刻も早くデビューする必要があった。  律仁さんも納得はいかなかったものの、理解しながら自分はアイドルとしてトップになり鈴奈さんと一緒になるために奮起するつもりで活動していたのに、世間が雪城レイナに注目するたびに外見も中身も変わって行く彼女の姿に耐えられず鈴奈さんを引き抜いた樫谷プロデューサーに殴り込みに行ったことがあるのだという。  そこに追い打ちを掛けるように鈴奈さんが結婚したことによって、律仁さんは一度芸能界を辞めようと思ったことを打ち明けてくれた。  律仁さんは深く話してくれたわけではないが、何となくそれが、大樹先輩とのユニットを解散し、ソロ活動を始めて思い悩んでいた時期なんじゃないかとファンながらに見ていて感じていた時期と合致した。   そんな深い想いを寄せていた彼女に当てた曲を聴いてほしいと言われて今に至る。部屋でじっくり聴くには少し怖くて、でも聴いてみたくて……。  渉太は深呼吸をしてスマホ画面の再生ボタンをタップすると目を閉じて、音に意識を集中させた。 鈴奈さんの透明な歌声から始まるその曲は同情だとか嫉妬だとか織り交ざった得も言えぬ感情を抱いていた渉太を惹き込んでいく。   今の恋愛に置ける悲痛を訴え、同情を買うような儚さはない。渉太が彼女と対面した時に感じた、芯の力強さが歌声にあった。したたかさを感じるメロディーは律仁さんが鈴奈さんへの想いとイメージを掛け合わせて作ったのだろう。サビに入ると彼女の声を包み込むようなハモリ声に聴いていて心地よく酔いしれてしまう程だった。 曲が終わり止まった音。渉太は暫く組んだ両手を額に当てて動けずにいた。  きっと鈴奈さんに出会わなければ律仁さんは今の彼のように自分で曲を作ることもなかったのだろう。こうして沢山の人の心を救ってくれるような歌を届けられていなかったかもしれない。 そして、渉太の好きな律のデビュー曲は彼女に別れを告げて前を向こうとしている曲のように感じて胸が苦しくなった。  そんな悲痛な恋愛をしてきた彼だからこそ、鈴奈さんに言われたように自分が支えあげられないといけないような気がした。 彼の過去の人が自分には到底敵わないような人だと卑屈になる気持ちもないわけではないが、今彼といるのは自分なのだから……。  
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