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那のつく兄妹
昼休みに曲を聴いてから多少感傷的な気持ちになったものの、聴いたことによって彼の想いだとか、彼の過去を深く知れたような気がしてもっと律仁さん自身を愛したいと思えた。
予想に反して前向きな気持ちになれている自分に驚きはしたが、不思議と自信のようなものが溢れて今すぐに律仁さんに会いに行きたい衝動に駆られた。
今日はアルバイトもないし、律仁さんの時間が空いているかも分からないが誘ってみてもいいだろうか……。
渉太はスマホを取りだしそれとなく「今日、アトリエで会えますか?」と連絡を入れるとスマホを鞄にしまった。
返信は期待していないが待つだけアトリエで待ってみようか。
渉太はそんな清々しい気持ちを抱きながら今日一日の講義が終わり、駐輪場へと向かうと入り口付近で女性数名が一人の女性を取り囲って何か口論しているようだった。
「ちょっと、あんた双子の妹なんでしょ?遼人くん紹介しなさいよ」
真ん中の腕を組んでいる女性が対峙している女性が中心になって、星の形のピアスをしていて、宙を連想させるような個性的なワンピースを着ている女性に詰め寄っていた。
何処かで見たことあるような……。ないような……。
「嫌よ。何で友達でもない貴女たちに紹介しなきゃなんないのよ」
「なんでって……。私、遼人くんのファンなの同じ学部なんだから優遇しなさいよ」
「無理。兄は兄で忙しいし、私は関係ないから」
「そんなこと言って妹だからってみんなの遼人くんを独り占めする気なんでしょ」
「はぁ⁉独り占めも何も。だから私と兄は関係ないって言ってるでしょ?そもそも兄に近づきたかったら自分から話し掛けてみたら?」
明らかに嫉妬心剥き出しの女性の抗争に首を突っ込む勇気はない。
渉太自身、強気な性格を持つ姉がいるだけに女性の妬み嫉みの恐ろしさは身を持って体験していた。
これが知り合いであったら止めに入るという選択があったと思うが、此処は静かに立ち去るのが得策のような気がして渉太は、背中を丸めながら彼女たちの横を通り過ぎた。
ピリピリとした空気に億劫になりながらも、何とか自分の自転車の前まで辿り着いたところで一息つく。
「ねぇ、ちょっと。乗せてってもらえますか」
折り畳み自転車の鍵を開け、スタンドを後ろに蹴って駐輪場から出したところで荷台に重みを感じる。後ろを振り返ってみると先程入り口付近で女性たちに詰め寄られていた、宙柄のワンピースの子が荷台に跨って座っていた。
「え……。でも二人乗りは危険だし……」
「少しでいいから、あの子たち巻きたいの」
彼女は後方の女子の集団の方を向いて、緊迫した表情で乞うてくる。彼女の向いた先には明らかに此方へ睨みを利かせている女性たちに渉太は身震いした。
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