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「あたし、彼氏と約束あるからじゃーね」
彼女は女子たちに向かって大きく手を振る。
「え?」
「早く出して」
事情は良く知らないが、ただ事ではないと察した渉太は、刺さる視線に耐え切れなかったのも相まって彼女を乗せて自転車を発進させる。
二人乗りなんて人生初めてなうえ、駐在さんにでも見つかったら厳重注意されるに違いない。人を乗せているという責任の重大さと駐在さんに見つかる緊張と不安ながらもペダルを漕ぐ。少しと言ってどこまで行けばいいのか分からず、一先ず大学の敷地外から出て駅前通りで自転車を止めた。
「あの……。この辺で大丈夫ですか?」
渉太は後ろにいる彼女に向かって声を掛ける。
「ありがとう」
彼女は自転車の荷台から降りると両手を後ろで組んで笑顔で答えた。
「あの、早坂先輩ですよね?」
「え、うん。そうだけど……」
目鼻立ちの整った顔に雑誌のモデルなのではと疑うくらいの渉太と同じくらいの身長の彼女。自分の名前を知っているくらいなのだから知り合いなのだろうけど、渉太には覚えがなかった。
部活に入っているわけでもないし、後輩ができるほど人間関係が幅広いわけじゃない。授業で会ったことがあるにしても誰かと言葉を交わすと言ったら花井さんくらいだった。
どことなく見たことある顔である気はするが、似ている人なんて五萬といるだろうし……。渉太が首を傾げていると彼女の口から「天文サークル」と言ってきたことで閃いた気がしたが、如何せんサークルで浮いていた渉太は目の前の子には覚えがない。
「先輩は辞めちゃったけど、私も天文サークルに居たんですよ。私、那月星杏って言います。那覇の那に月書いて星に杏仁の杏で『なづきせいあ」です。いつも大樹先輩と一緒にいましたよね?」
「ごめん。確かにそうだけど、君のことは知らなかったというか……」
「ですよね。先輩ほとんど来てなかったですもんね」
「ああ、うん。なんかごめん」
悪気はないと分かっているが、棘のある彼女の言葉に渉太は圧倒されてしまう。
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