1話

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それでもせめて陸斗が大切にされて健やかに育ってくれるのなら、それでいい。 そう思うことで私はなんとか生命を繋いでいた。 殆ど陸斗に会わせては貰えなかったけれど、少しでも陸斗のためになればと毎月少しでも多く養育費の送金をするために、夜勤のある工場で働いた。 それで迎えたのが、今日という未来。 まるで酷い悪夢のような、いや悪夢であって欲しかった。これが現実だと信じたくなかった。 視界の端では、まだ百合花がハンカチで目元を抑えながら涙ぐみ、男たちから慰められているのが微かに見える。 結局私は、あの茶番のような光景を前にして何かを言う気力もなく、無言のままふらふらとその場を離れていた。 「あんなに泣いて、奥さんもねえ可哀想に。 そりゃこんな事故で子どもを亡くせば無理もないよねえ」 「でも陸斗くんって、確か前妻の子なんでしょう? ほらさっきの……」 「……ああ、例の他に男を作って逃げたっていう……」 噂話と共に、参列者の一部からチラチラとこちらを伺う視線を感じる。 どうやら離婚の原因は私にあると吹聴されていたらしい。どうせ義母かもしくは百合花辺りの仕業だろう。 それでも私の心は動かない。感情が麻痺しているかのように、涙も出ないまま会場の壁際で立ち尽くす。
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