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現在(1)
数年後、俊夫の言ったとおり、戦争は終わった。私が住んでいた地方では、比較的戦争による被害が少なかったため、終戦の知らせがあったときも、どこか他人事のように思えた。
しばらくの間、食糧難や物資不足などで慌ただしい日々が続いたが、少しずつ日本は復興していった。
復興に伴い、私の絵は売れるようになった。人を描かずに戦争の実体を描く私の独特な作風は、国内外で高く評価された。
終戦から今日にかけて、何度か縁談があり、何人かの男性とお付き合いをした。
しかし、私はどうしても彼のことが忘れられず、すべて反故にしてしまった。
すべては、いつか帰ってくる俊夫を迎えるため。
そのためだけに、私は絵を描き続けた。
軍が、家族から兵士へ向けた手紙の公募をしていたので、私は筆を取り、俊夫への伝言を綴った。
しかし、数か月ほど待ったが、返事はやってこない。
(生きているのか、いないのか……、それだけでも良いから知りたい)
俊夫君は今、どこにいるのだろう。
どこで、なにをしているのだろう。
そんなある日、一本の電話が鳴った。
受話器をとり、「もしもし」と私は言う。
『こちら、恵子様のお宅で間違いありませんか』と電話の向こうの男が言う。
「はい」
『私、一場俊夫の友人でして、えっと、つまり、軍で知り合ったのですが……、まぁ、とにかく、彼からの伝言を預かっております』
「……!」受話器を握る手に力が入った。「はい、お聞かせ願えますか」
『では、伝えます。……恵子さん、手紙を読みました。長らく連絡を取れなくて申し訳ありません』
「……」
『明日の午前、例の軍港に私を乗せた船が到着します。午後には家へ戻れそうです。貴女と会えることを楽しみにしています。……以上です』
「わかりました」私は目を伏せて、大きく息を吸った。「伝言ありがとうございます。感謝します」
『いえ。それでは……』
相手が電話を切ってから、私は受話器を置き、跳ねるように廊下を走った。
最低限のお金を持って、
服を着替え、
汽車の時刻表を確認する。
靴を履き、家を飛び出した。
全力で走る。
駅に入り、汽車に乗った。
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