世界は五分前に登録したアルバイトで始まった

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 介斗がとある日の午前にやってきた、社名と思われる「マスカレード」という小さな表札を掲げるオフィス。ここが指定された説明会場だ。  中に入ると、そこは小さいが清潔な印象を受ける仕事場であった。白い壁紙に大きなテーブル、その上には数台のパソコンが並べられており、スーツ姿の男女がディスプレイと睨めっこをしている。あまりにも普通、万人がイメージするオフィス風景だろう。  ただ一つ異彩を放っているのは、真っ黒なカーテンで仕切られている最奥の空間だ。人間が四人入るか入らないかぐらいの壁際のスペースの三方をカーテンで囲み、中の様子は全く見えない。まるでその場所だけが切り取られて、そのまま宇宙に繋がっているようにも見える、ただただ異様な光景。  その違和感を尻目に、案内係の女性に導かれてオフィスの一角にある来客スペースのソファに座った。  面接担当の者はすぐにやってきた。短髪に銀縁フレームのメガネをかけた若い男性で、彼もグレーのスーツ姿だ。もしかして自分もスーツで来なければならなかったのだろうかと心配になった介斗だったが、男性は特に気にしている様子ではなかった。むしろ気さくな雰囲気で介斗の自己紹介を聞いてくれた。 「伊坂君は大学生だけど、このバイトは一日拘束するかもしれないよ。それは大丈夫かな?」 「はい。土日と、平日なら水曜日と火曜日は授業が入っていないので」 「なら問題なさそうだね。今日は火曜日だけどさ、もしかして今からでもできるかい?」 「今から、ですか」 「丁度仕事が入っていてさ、伊坂君にうってつけの内容があるんだ。説明を聞いてから判断してくれて構わないけど、やれそうなら今日早速でも仕事をしてもらいたいんだ」 「はあ。じゃあ、説明をお願いします」 「いいね。オッケーさ」  介斗は男性の眼鏡の奥の瞳がわずかに輝いたのを見た……気がした。
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