あなたが誰か知らなかった

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あなたが誰か知らなかった

「香菜ちゃんも29歳か~。あと数年でいなくなってしまうと思うと、寂しいねぇ……」  しみじみとしたお年寄りの言葉に、香菜は怒りかける自分を心の中で宥めた。 (ダメよ、香菜。いなくなると寂しいって言ってくれてるんじゃない)  香菜は笑顔を作って答えた。 「そんな相手もいないから、まだずっと先ですよ~」 「そうかい? まぁ、今は女性が必ず結婚するってわけでも、子どもが出来て仕事をやめちゃうって時代でもないしねぇ」  お客さんがそこで話を終えてくれて、香菜は心底ほっとした。  中には“親切で”彼氏がいないのかとあれこれ聞いてきたり、“心配して”年を取ると家族がいないのは寂しいと説得してくる人もいる。 (良かった~、話が長引かなくて)  香菜が空いた席の片付けに入る。  ランチタイムが終わったので、これからはゆっくり片付けられる時間だ。 「あはははは」  急に笑い声が聞こえ、香菜が驚いて顔を上げる。    笑い声の出どころはテレビだった。 『村瀬ももう38やろ。あきらめて独身会に入ったらどうや?』  ひときわ大きな笑い声をあげていた男性司会者が、ゲストらしい男性をいじる。 『いやぁ僕は……』 『今はいいかもしれんけど、男も40過ぎるとキツうなるで。禿げるし、臭くなるし』  周りの芸人が笑い出す。 『合コンの準備したるから、はよう嫁見つけて結婚しいや』 『兄さん、村瀬くんを会に入れて、今日は村瀬優紀が来るんやでって、若い女の子を呼び込みたいんでしょ』  後輩の芸人がツッコむと、司会の男性は笑った。 『当たり前や。今日だってテレビの予告見た店のお姉ちゃんから、村瀬くんのサインもらってきて~さんざん頼まれたんやからな!』  自分抜きで進む話に、ゲストの男性は困ったように笑っている。  イケメン俳優という部類の人なのだろうけれど、最先端とかの尖った感じではなく、どこか庶民的で優しい雰囲気があった。 「あらあら、村瀬優紀も、もう38なのね。あんなに可愛い感じなのに」  先ほどのお年寄りが独り言とも話しかけるともつかない呟きをする。 「有名な人なのですか?」 「ああ。香菜ちゃんはドラマ全然見ないんだっけ。雑誌の表紙にもよくなってるし、すごい人気の俳優よ~」  お年寄りはまるで芸能記者かのようにペラペラ話し始めた。 「17歳の時にデビューした時はすごく可愛い子でね。見た目だけじゃないかみたいにひどいことを言う人もいたけど、私はわかっていたのよ、この子は伸びるって。それで20代半ばに連ドラの主役やってから大ブレイクしてね。ドラマに映画に引っ張りだこで、次も漫画が原作の連ドラの主演が決まってるのよ。『君とお昼ごはんを交換したい』っていう……」  前にお年寄りがお店に来た時に、物忘れが多くなったと言っていたことがあったけれど、そうとは思えない程よどみなく喋るので、香菜は圧倒されてしまった。 (……詳しいなぁ)  香菜が話を聞き終えて、テレビを見ると、違う話になっていた。 「すみません、香菜さん。パフェの準備のほうお願いできますか」 「あ、はい」  ティータイムになるとSOZAIYAもスイーツがメインになる。    あんみつなどの和風甘味が出ることも多いが、小さなパフェも人気だ。  香菜はフルーツをカットして生クリームの準備を始めた。  ティータイムが終わり、ディナータイムも終わりに近づいた頃、サングラスをかけたお客さんがSOZAIYAに入ってきた。
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