君と出会う前の日常へ

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君と出会う前の日常へ

幸せは、固定することが出来ない。 どんなに用心していても ちょっとした風で方向は変わってしまう。 気がつけば、もといた場所からは遠く離れ 君も私も、その事に気付きながら 「まだ大丈夫」という顔をしている。 その強がる顔を見て、お互いに もう余裕がないことを知る。 あの日確かに感じた高揚感を、 取り戻そうとすればする程 逆の方へと進んでしまう。 大切なのは今いる場所ではなく、 私達が離れないことなのに どうして周りの目を気にしてしまうのだろう。 どうして、優越感を追いかけるのだろう。 ========== 君と最初に会ったのは3年前の事で お互いすぐにひかれあい、親密な関係になった。 私たちは既にいい歳だったし、 経験の差は大きかった。 そう。君の方が大人だった。 だからきっと君には、 話さないと決めた事だっていくつかあっただろうね。 理屈や一般論では超えられない、 嫉妬という怪物が、私を飲み込まないよう、  きっと君はいつも気遣ってくれていた。 その気遣いは時に私を空しくもさせたけど 他に良い手立ては思いつかなかった。 だってこれは、二人の問題ではなくて 私の、私だけの問題だったんだから。 君に会うことは辛かったけど、 好きという気持ちは少しも変わらなかった。 大丈夫な日もあれば、 涙が止まらず、眠れない夜もあった。 そこには、子供の頃からずっと大切にしていた 純粋な何かがあって。 ただそれを諦めたくなかった。 失いたくなかった。 それは私だけのもので、 そのベクトルはいつも君を指し示していた。 君に、正直に打ち明けたことが 一度だけあったね。 私にしては、すごい勇気だった。 だけどそれで、何かが変わるわけじゃない。 これは、映画の世界の話じゃない。 何かが解決し、 「はい。ハッピーエンドです」 なんてことはあり得ない。 悲しみは、夏のコバエのように 何処かから湧いてきては、付きまとう。 そんな私の様子を見ていて、 君だって辛かったでしょう。 本当に私は、自分の事しか考えない愚か者だ。 「別れよう」と言ってくれたことは、 君なりの最大限の優しさだったんだと思う。 既に限界を超えていた私を見る君だって、 とうに限界だったんだ。 真面目に生きる事しか出来ない自分は、 なんて愚かなんだろう。 いや、真面目に生きる事が 自身の価値だと信じている私は その価値観を変える勇気がなかったんだ。 だけど、その真面目さは 君との出会いを引き起こしてくれた 切っ掛けでもあった。 私は、真面目な君が好きだったし、 君だってそうでしょう? だからこそ、こんなにも愛おしいんだ。 たった一瞬とはいえ、その真面目さは 私達を引き合わせ、全てを与えてくれた。 「死にたくない」という感情を初めて知った。 世界は時々、見たこともない顔で笑うのだ。 世界は誰のためでもなく、ただそこに存在している。 そして、そこに意味を与えるのは いつも「私」だということ。 「暖かい無関心」の中に、君と私はただ浮かんでいた。 君は、薄いガラスで覆われてはいたけど、 それはお互いに必要なものだった。 私はその一番近くからいつも君を眺め、声をかけた。 すると君は、必ず手を止めて顔を向けてくれたね。 だけど……そろそろ行かなくちゃ。 手は、私から離すよ。 そして息を止め、向こう岸へと渡らなきゃ。 君と出会う前の日常へ、戻らなきゃいけない。 そこが、どんなに空虚に見えたとしても。 ========== 幸せは、固定することが出来ない。 どんなに用心していても、 ちょっとした風で方向は変わってしまう。 気がつけば、もといた場所からは遠く離れ、 君も私も、その事に気付きながら 「まだ大丈夫」という顔をしている。 その強がる顔を見て、お互いに、 もう余裕がないことを知る。 あの日確かに感じた高揚感を、 取り戻そうとすればする程 逆の方に進んでしまう。 大切なのは今いる場所ではなく、 私達が離れないことなのに、 どうして私は……君の手を 離してしまったんだろう ただ、もっと「普通」に、 君と過ごしたかったのに。
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