十六夜時雨

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十六夜時雨

◇  土手はいい。まず風が気持ちいいし、川がキレイだ。寝転がっていても変な目で見られないし、散歩中の犬を見て楽しむこともできる。 「紙飛行機も飛ばせるしなー」  メモ用紙を適当に折って小さな飛行機が手の中に現れる。紙飛行機なんて小学生の頃作って以来かなー、と思っていた先月から何機折っただろう。何を書き出しても、ただの落書きでしかない、そう思えて何もしたくなくなる。 「土手はいいなー」  恋人同士がいちゃいちゃしても、高校生がぼんやりしても、寝ぐせ頭で無精ひげに眼鏡の売れない作家が紙飛行機を飛ばしても、うけとめてくれる。ぼんやりと手から放れた紙飛行機の行方を見守りながら、前回提出したプロットを見た担当の声を思い出す。 『なんていうか、もう一声って感じですかね』  一声ってなんだよ、とは思ったが、実は言われていることは分かる。自分でもイマイチかなと思ってしまっていたからだ。アイデアは悪いくない気がするが、どうしてもキャラクターが膨らまない。こねくりまわしているうちにどんどんわけが分からなくなって、それでも期限だから提出する、リテイクをくらう、土手で紙飛行機にする、この流れは何度目だろうか。そろそろ次の作品にかからないと預金も底をつく。やばいのだ。  ーーあー夕焼けキレイだなー。  ぼんやりみつめていた紙飛行機がふらふらと飛んで、まるで自分のようだと思う。それが、土手で膝を抱えて座っていた制服姿の少年にぶつかった。  ーーあ、やべ。  すみません、と声をかけようかと思ったが、その少年¦¦制服が十年前に卒業した南高校のものだから高校生だろう¦¦が紙飛行機を開いたから一瞬躊躇した。その中には没ネタがかきこんである。異世界転生だの平行世界だの、妄想の詰まったそれは現実的な高校生にならば笑われるだろうと思ったのだ。  高校生はしばらく黙って紙飛行機の残骸に書かれたラクガキを読んでいたが不意に顔をあげてあたりを見渡した。振り返った顔が結構なイケメンで、思わず目をそらすのが遅れた。 「あのっ」  高校生が駆け寄ってくる。 「なんだなんだやめろ弄る気かー」  知らず独り言がでたが、逃げるのは間に合わなかった。高校生がずいと距離を詰めてきて 「これ、あなたが書いたんですか」  やたら真剣な顔で聞いてきたのだ。アイドルグループにいそうな顔だな、と思うくらい顔が整っている。中性的で目が大きくて、イケメン、という言葉よりもハンサム? いや言葉選びが悪いな、なんだ美少年? それも違うか、いや、やはりイケメン、なのだろう、とかそんなことが頭をめぐって、思わずぼんやりしていると、イケメンは紙飛行機のラクガキを指さして、続けた。 「あの、これ、あると思いますか?」  その指先がさしていたのは「平行世界」の話だった。 「え、あ? まあ、これはお約束というかのSFの鉄板というか」 「自分が生きている時間軸と別の時間軸が存在する、つまり別の世界が存在するってことですよね」 「まあ、そうね、はい」 「もしかして、行ったことがあったりしますか?」 「いや、何を言ってるの、これはネタだよ」  何を真剣な顔で言っているのかと思ったが、この年齢の頃には自分もそんな夢想ばかりしていたし、今どきのイケメン高校生にもこういうネタが刺さるのかと思うとうれしい気もする。  少年はとたんにガッカリしたように肩を落として小さく呟いた。 「まあ、そう、ですよね。なんか、急にすみませんでした」  少年はそのまま背を向ける。  いかん、作家として少年の夢を奪うわけにはいかない、思わず妙な使命感に駆られて少年の腕をつかむと驚いた顔が振り返る。 「いや、まあ、自分の知らない世界が存在しないなんて、誰にも言えないよな」 「じゃあ、あるとは思いますか、平行世界」 「うん、あったらいいなとは思う」 「俺がそこから来たって言ったら笑いますよね」 「ん、んん?」  あれこれは試されているのか。この大人は何と答えるのかと、そう思われているのか。けれど少年はいたく真面目で、切羽詰まった顔をしていて、ごまかしたり笑ったりしたら絶対にダメな気がする。  こんなことを言い出した理由が必ずあるはずなのだ。 「んー、それは君の話を聞かせてもらわないとわからないな。平行世界から来たの? えっと、君ー」 「翔太……岩井翔太です」 「翔太君は、この世界と違うとこからきたのか」 「はい」  いたって真面目で真剣な眼で、岩井翔太は頷いたのだ。
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