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2 ダンサー・イン・ジ・アンダーグラウンド
ママによると、週の半ばである水曜の売り上げが大きいのは、自分たち3人のコンビネーションが良いからだそうだ。客層は幅広く、老若男女を問わない。この店のホステスたちは、容姿偏差値の高さと、女言葉を使わないざっくばらんな接客が売りだ。おさわりは禁止。勤務する身としては安心で、晴也はここでは見知らぬ人とでも気負わず話し、笑い合える。これまでの人生で、最も他人と交流していると思う。
今夜は店内に床清掃が入るため、閉店を1時間早めていた。名残惜し気な最後の客を見送ると、4人で3つのテーブルの上に椅子を上げた。カウンターの椅子は、店外に出す。
麗華はタイムカードを押すと、直ぐに男の姿に戻って店を出て行った。彼はスーツも良く似合うイケメンだ。彼女がいるらしいが、女装の趣味を受け入れてくれる女性なのだろうか。
ミチルはあのさ、と晴也に遠慮がちに話しかけてきた。
「ハルちゃんってノンケだよな?」
「はい、彼女いない歴イコール年齢ですけど」
晴也はミチルのきれいな二重の目を見ながら言った。彼はつけまつげを2度ぱたぱたさせた。
「つまり童貞?」
「そうですよ」
晴也は昼間の自分なら考えられないような明るさで応じた。
「俺がゲイだって察してると思うんだけどさ、今から俺の趣味につき合ってくれない?」
ミチルもあっけらかんと言う。晴也は一瞬どきっとしたが、小さく息をつく。
「びっくりした、俺とつき合うって意味かと思った」
それを聞いて、ママとミチルが同時にがははと笑った。ミチルが可笑し気に言う。
「ごめん、俺ハルちゃん好きだけど性欲は湧かない……俺筋肉フェチでさ、今からそういうの見に行くから、一緒に来て欲しいなと思って」
「二つ隣のビルにショーパブがあるんだ、こいつそれのマッスルダンサーにハマってて」
ママが苦笑混じりに言う。晴也はへぇ、と言い、興味を覚えたので了解する。
「わー、ハルちゃんが目覚めたら俺責任感じる」
「いや、たぶん目覚めないです……」
ママが店で清掃業者を待つと言うので、半ば悪戯で、男に戻らずパブに赴くことにした。いかにもサラリーマンっぽいコートを羽織り、二人でビルを出る。晴也はわくわくしてニヤニヤが止まらなかった。女の姿で店の外に出るのも、そんなマニアックなショーを観るのも初めてだ。
ミチルによると、ショーパブには日替わりで様々なダンサーが登場するらしい。踊り子が女性や女装の男性の日もあるが、今日はダンサーも客もメンズオンリーだそうで、マッチョ好きのゲイが存分に楽しめるように設定されていた。
「あっ、本日は女性のお客様には入っていただけないんです……」
「俺ら男です」
店員に止められたミチルは低い声で言い、黒い財布から運転免許証を出した。晴也も彼に倣う。店員は目を丸くして小さいカードと2人を見比べ、通してくれた。完全に女と見間違われたことが、快感だった。
パブの中は薄暗く、テーブルはほぼ満席で、小さい話し声が粒子になって空気に漂うようだった。晴也とミチルはカウンター席に案内され、ステージが近いことにミチルがはしゃぐ。
「マジ嬉しい、すぐそばまで来てくれるぞ」
「それだけでいっちゃいそうですよね」
「あり得る」
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