意地っ張り

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 「え、と…久しぶり」  「うん。久しぶりだね、大学じゃもう中々会わないし」  「そうだな」  こうやって話すのは、別れを切り出したあの日以来だ。  「買い物?」  「あ…うん」  おれの手にしてたマグカップを見ると、少し彼女の顔色が曇った気がした。  「ゆりは、元気だった?彼氏できた?」  「まだだけど…。なぁに?まだ蒼に未練があるとか思ってた?」  「いや…そうじゃないんだけど…」  「あの時はかなり泣いたけど…。それねぇそれ、ペアカップでしょ。蒼にはもういるんだね…」  おれのことはキッパリ忘れて、新しい彼氏でも居てくれたらおれの気持ちも軽くなるかもって、自分勝手な考えで聞いたのを後悔した。  「…えっと、その…うん」  「そっか…」  「おれ…」  「蒼、別な場所で少し話をさせて」  「え、いやでも…」  「じゃあここで話す?それでもいいよ」  通路で話してるだけでも邪魔になるのに、こんな衆人環視な状況で元カノと話せるわけない。  「わ、分かった」  マグカップを棚に戻して、ゆりに続いて店を出ると、道路向こうから刺すような視線を感じた。    運転手さーん。 大丈夫ですよ〜。ちょっと行ってくるだけだし、すぐ戻ってきますからね〜って、視線で伝わるならいいんだけど、全然伝わってないようで、もう刺すというか視線がぶっ刺さってる。  「ね、なんか怖い顔の人がコッチ見てるよ。早く行こうっ」  ゆりに手を引かれて、雑貨屋からどんどん遠ざかってく。  数百メートル歩いた所にあったカフェに入ると、テラス席に座って注文するとようやく一息ついた。  「あのさ、おれそんなに時間なくて」  「いいの。聞きたい事は一つだけだから」  「一つ…」  心臓がドクッと大きく跳ねた気がした。  「あの時別れを切り出した理由を知りたいの。だって私たち上手くいってたでしょ?別れる予感なんて一つもなかったじゃない」  「…それは…、その…」  もう女を抱けなくなったから?男に犯されてたから?そんなの言えるわけない。  「言えない理由?」  「違っ、そうじゃなくて…友達が…おれを連帯保証人にして借金して逃げたんだ」  「え…」  「相手がヤクザで…おれに関わるとゆりに迷惑かかると思って…」  「そんな…借金って…もしかして今も?」  「あ、いや。それらもう返し切ったんだ。大丈夫」  「そう…それなら良かった。でも言ってくれたら…」  「ゴメン、あの時は頭の中がそれで一杯で他に余裕なかったからさ…」  この理由も間違いじゃないし、納得、してくれるよな?  「その…付き合ってる人とは、いつから?」  「え…と、まだそんなには経ってないんだけど、ずっと支えてくれてた人なんだ…」  「ずっと?その人には話したの?私には話さなかったのにっ!?」  「ゆ、ゆりっ、声が大きいよ」  「……ごめんなさい。でも、話してくれたら私だって支えてやれたわ…」  「それはゴメン…」  「私じゃダメなの?私…まだ蒼が好きよ」  「…ゴメン、本当にゴメンな」  泣いてるゆりを慰める事は出来ても、もうゆりとは付き合えない。  「どうしても…?」  「う、ん…」  胸が痛かった。おれにそんな権利ないのに、ゆりをこんなに泣かせてるのに、心が少しも揺るがなくて、申し訳なくて胸が痛かった。  「本当にゴメン…」  「もう、いいよ。先に帰って…」  「いや、でも…」  泣いてるゆりを置いて行くのは流石に酷すぎるだろ。    「一人になりたいの…」  「…分かった」  席を立つと、ちょうど店員が頼んだ物を運んできてた。伝票だけを掴んだおれに、店員からの非難の目が向けられたのが分かる。  泣いてる女置いてくなんてサイテーとか思ってんだろうな。  確かにおれはサイテーだし最悪だよ。  落ち込んだ気分で店の外に出ると、目の前につけられた車に乗り込んだ。    バックミラー越しの運転手の目が心底ウザかったけど、無言で窓の外に目を向けた。
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