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第389話 求愛 其の八
「りゅ……」
「まず勝手に自己完結して、違う方向に突っ走っろうとする癖、いい加減どうにかしろ。それに第一なんで俺が、お前のことを嫌う前提なんだよ。本当に夢床で俺が言ったこと、忘れたのか?」
ああ、忘れたんだろうなぁ、もし忘れてないんだったら俺の言ったことを信用してなかったってことだもんなぁ。
いつもの竜紅人らしくない物言いに香彩は戸惑った。だがそれは違うと咄嗟に言葉にする。
信用出来ないのは何よりも自分なのだ。夢床で自分の心内の願望が出てしまっていて、真実を歪めている可能性だってあるのだ。
「──へぇ? 願望、ねぇ?」
「……っ!」
竜紅人のどことなく質の悪い笑みに、香彩はきょとんとしていたが、しばらくして色々と察してしまって顔を赤らめた。
夢床での竜紅人の言ったことが真実なら、香彩はまさにいま本人の前で『それを求めていたのだ』と告白したようなものだったからだ。
竜紅人は大きな息をつきながら、香彩の掴んでいた肩を離した。そうして先程よりも近い位置で座り、香彩の顔を覗き込む。
「さて……俺はどこからお前を口説き直せばいいんだろうなぁ?」
「え、口説く、って……!」
「口説き直しだろう? ──そうだな。まずは竜核のことからにするか」
竜核と聞いて香彩は無意識の内に身構える。
だがそれもすぐに驚きと共に、今度は香彩が竜紅人の腕を掴むことになった。
済まなかった、と竜紅人が香彩に向かって深々と頭を下げたのだから。
「……ちょっ……僕のことは止めておいて……!」
「そりゃあ、お前に非なんてほとんどないからな。あるとすればひとつ。成人の儀の後だっつーのに、日の落ちた刻時に人気のない暗がりの路地を、ひとりで歩いていたことぐらいか」
「──っ!」
「まぁそれは追々叱るとして、いまは竜核のことだ」
顔上げた竜紅人の表情ががらりと変わった。先程までどこか飄々としていたものが引き締まった、そんな印象を受ける。
「──お前の胎内に何があるのかずっと言えないまま、発情期を迎えてしまって済まなかった。不安だったろう? お前は俺を利用したと言っていたが、それでも俺はお前が蒼竜屋敷に来てくれたことに感謝している。竜核を成そうとしてくれたこと、不安な気持ちを抱えたまま、それでも御契を受け入れてくれたことにも……感謝している」
──済まなかった。
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