第393話 求愛 其の十二

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第393話 求愛 其の十二

「──あ……」    それは一番偽りのない答えだった。真竜の、竜としての本能のままに動いていた発情期の蒼竜に、打算や駆け引きなど出来る訳がない。遠雷のような竜の唸り声は、ずっとずっと香彩(かさい)を呼び、そして求めていたのだ。   「俺はお前がいい。たくさん考えて傷付いて、本当は俺の側に居たくて堪らない癖に、俺のことを思って離れようとした。傷付きたくなくて離れようとした、お前がいいんだ」 「……りゅう……」 「──俺はお前が好きだ、香彩。今度は俺が護る。お前の『力』を見縊っているわけじゃねぇけど……俺に護らせて欲しい。もう離れるな。俺を置いて消えるような真似、するな。傍に……いてくれ」 「……っ!」    凪いでしまっていた心の真ん中が、途端に迫り上がるかのような、熱い気持ちで埋められていく気がして、きゅうと香彩の胸を締め付ける。  ふと木壁に付いていた竜紅人(りゅこうと)の手が離れて、香彩の顔のすぐ側で止まった。    ──触れて、いいか?    熱の籠もった声が、香彩のすぐ近くで聞こえる。  もう理由が全て無くなってしまったのだ。   (……だったら、もう……)    香彩は素直に頷いた。  すると香彩の濡れた頬に、竜紅人の熱くて大きな手が触れる。器用に親指の腹で目尻を拭うその優しい手付きに、香彩はそっと自分の手を重ねた。身体に沁み渡るような彼の手の温かさを感じたくて、頬を寄せる。  そんな香彩の様子に、竜紅人が息を詰めた。   「……抱き締めて、いいか? かさい」 「……ん」 「抱き締めたら、もう二度と離さない。もう逃げることも出来ねぇし、逃がしてやることも出来ない。それでも……いいか?」    その言葉に、香彩は誠実とも狡いとも思う。だが竜紅人がここまで心を曝け出し、本能から自分を求めてくれているのだと知ったいま、自分も曝け出したいと心から思った。  何よりも、何よりも、自分は。   「──いいか? じゃねぇな」 「え」 「離さねぇよ、もう」  「……っ! ──離れ、たくない。離さないで、竜紅人。僕を捕まえていて。僕のいる場所は貴方の隣なんだって……ちゃんと教えて、りゅう」 「──ああ、教えてやる。忘れがちなお前に、自分が誰のものか……ちゃんと」    竜紅人の腕が香彩の背中に回る。強く掻き抱かれるのかと思いきや、真綿のように優しくどこか気遣うように腕に抱かれて、どうしようもなく心が震えた。  そんな彼に応えたくて、香彩もまた竜紅人の背中に腕を回す。着痩せする彼の背中は厚みがあって、自分の腕全てが届くものではなかったけれども。  
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