記憶

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記憶

 ぼんやりとあなたのその手が温かかったのを覚えている。頭を撫でられて、背中を一定のリズムで叩かれて……。  聞こえてくる歌は何か……その題名も歌詞もわからないハミングのような歌。  その温もりと声は覚えているのにあなたの顔は……靄でもかかったようによくわからない。  そもそも私には母が居たというこれといった思い出も記憶もなければ、写真も動画も何もない。  保育園への送り迎えもお弁当を作ってくれたのも父でいつもひと括りに不器用に結ばれた髪を保育園で先生にそっと直してもらっていた。  父には感謝してもしきれない。  きっと日々の生活でいっぱいいっぱいだっただろうし、仕事をしてきて家事をこなすのは相当の労力を要したはずだから。  いつだったか一度だけ 「私にはお母さん居ないの?」  聞いた時の父は悲しそうに笑った。  あの顔を見てから、私はもう“お母さん”という単語を封印した。  私にはお父さんが居る!  それだけを考えることにした。
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