少年が大好きな水族館

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少年が大好きな水族館

少年はお父さんとお母さんと行った近所の水族館が大好きだった。 少年は水族館で見る海の生き物が大好きだった。 少年は生き物の名前をたくさん覚えた。 それでも、まだ知らない生き物の名前をいつも聞いた。 「これは何?これは何ていう生き物?」 お父さんとお母さんはいつも優しく教えてくれた。 何時間でも飽きずに水族館で過ごした。 水族館のレストランで食べるカレーライスも大好きだった。 水族館ではいつもお父さんとお母さんに 「そろそろ帰るよ」 と言われて仕方なくトボトボと帰っていった。 ある日の夜、大きな声がして目が覚めてみると、お母さんが泣いていた。 その日を境にお父さんは家に帰らなくなっていた。 それから、大好きな水族館へ行くことが少なくなった。 それでも、少年は水族館に入ったときの半券を眺めたり、水族館を周りから毎日眺めていた。 あの生き物は元気でいるだろうか? まだ見たことの無い新しい生き物が増えていないだろうか? 少年はとても気になっていた。 そんな少年を見て、お母さんは時々水族館へ連れて行ってくれた。 レストランには入らなかったけれど、お母さんが手作りのお弁当を持ってきてくれた。 とても美味しかった。 閉園までいたら、お母さんが 「そろそろ帰ろうか」 と言った。 少年は水族館の周りを毎日散歩しては、生き物たちのことを考えた。 そんなある日、水族館の出口から親子が入ろうとするのを見かけた。 少年は驚いた。 「きっと、入口を知らないから間違っちゃったんだ。教えてあげよう。」 少年は親子を追いかけた。 水族館の出口にいたおにいさんは親子に言った。 「再入場ですね?チケットの半券をご提示ください。」 親子は入場券の半券を見せて、水族館の中へ入った。 僕も同じ家族と思われたのか、一緒に入ることになった。 悪いことをしてしまったと思う反面、少年はとても喜んだ。 急いで海の生き物たちを見て回る。 そして、少年は一匹一匹に話しかけて様子を見ては、また次の生き物のとこへ急いだ。 それほど大きな水族館では無いが、そんなことを繰り返しているとあっという間に閉園の時間になっていた。 少年は興奮してお母さんに話そうと思ったが、怒られてしまうかもしれないと思って止めた。 なかなか寝付けなかったが、お母さんが「トントン」をしてくれて、少年はぐっすり眠った。 その日、少年は夢を見た。 たくさんの海の生き物の中に、少年も一緒にいて泳いでいた。 少年は、海の生き物が大好きだった。 海の生き物も、少年が大好きだった。 近くでお父さんとお母さんがニコニコして笑っていた。 夢が覚めた時、少年は泣いていた。 また夢の続きを見たくて布団を被ったが、もう夢は見られなかった。 それから少年はまた、毎日のように水族館の周りを散歩して、出口で待ち構えるようになった。 そして、またチケットの半券で再入場するために、使用済のチケットをくれる人がいないか話をしてみたり、待ち続けた。 毎日みすぼらしいボロボロの服を着ていたせいか、使用済チケットの半券をくれる人もごく稀にいたが、ほとんどは怪しまれてしまった。 それでも、少年は大好きな水族館へ入るため、毎日待ち続けた。 そして、少年はいつしか青年になった。 学校の友達とカラオケやボーリング、ダーツ、タバコなどたくさんの遊びも教えてもらったが、青年はどれも楽しめなかった。 だが、友達から教えてもらったことで2つほど、役に立つことがあった。 1つ目は近所のスーパーのレジ打ちをしてお金を稼ぐことだった。 何時間も立って接客することや商品列を覚えたりと大変だったが、水族館へ入るためだと思えば苦でも何でも無かった。 青年は自分で稼いだお金で水族館へ入ることができた。 もう、少年の頃のようにチケットの半券をもらわなくても良いのだ。 青年は家でおにぎりを作って何時間も水族館で過ごしていた。 そして2つ目は釣りだった。 友達は釣った魚をリリースしたり、家で捌くと言っていたが、青年は全て持って帰って水槽に入れた。 水族館の飼育員さんともよく話をしていたので、水槽、海水、エアーポンプ、エサ等はすでに用意していた。 青年は自分で捕まえたヒトデやヤドカリも一緒に飼い始めた。 だんだん家の中が水槽だらけになってしまったが、お母さんは文句も言わずに、ニコニコしていた。 自分だけの水族館ができたと、青年は大喜びだった。 そんな頃、観光客が減っていた水族館はだんだんと縮小してしまい、アシカやイルカのショーも無くなり、大型の生き物は居なくなり、やがて水族館は潰れてしまった。 青年は後悔していた。 「あの頃、きちんとお金を払っていたら、潰れなかったかもしれない」 でも、取り壊された水族館の跡地で、誰にも謝ることができなかった。 青年は、お母さんにお願いして水族館の跡地に小さなプレハブを建て、家から溢れそうになった水槽を、プレハブで飾ることにし、触れる水槽を作ってヒトデやウニやナマコも置いた。 すると、近所の子供たちがたくさん見に来るようになっていた。 子供たちが提案してくれたエサやり体験を始めてみると、これも大好評で、いつも小学生の長蛇の列が出来ていた。 さらには地元テレビで取り上げてもらい、仲良くなっていた地元の釣り人や漁師たちから珍しい魚や寄付金をもらい、一階建ての水族館が出来上がった。 最初はエサ代として少しだけ料金をもらっていたが、一人では到底間に合わないことになったため、従業員を雇うことになり、その頃には入場料ももらえるようになっていた。 やがて噂が噂を呼び、県外からもお客さんが来るようになった。 そして、大型の生き物も飼うことになり、ショーをすることまで出来た。 お母さんは嬉しそうにニコニコしながら泣いて喜んでくれた。 そんなある日、年配の男性が水族館を訪れて青年に言った。 「おや、これはこれは立派な水族館ができたのですね。」 青年は微笑みながら言った。 「これも地元の皆様の協力のおかげです」 年配の男性は続ける。 「そうですか。それは良いことですな。実は私、以前ここに水族館を建てていましてね。ですが、古いやり方しかしなかったものですから、どんどんと縮小してしまい、最後には潰れてしまいました。あの時の生き物たちには本当に申し訳ないことをしました。」 青年はハッと青ざめ、忘れかけていた昔の記憶が蘇った。 青年のその表情を見て、年配の男性は続ける。 「やはり、あの時の少年でしたか。面影がありましてな。」 青年は冷汗を掻いて、崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんでしまった。 「この人はあの時チケット代を払わずに何度も水族館へ入ったことを知っている。だから僕を訴えにきたのだ。僕は逮捕されてしまうだろう。」 青年は逮捕されることが怖かった訳ではなく、大好きな生き物に会えなくなってしまうことが怖かった。 その様子を見て年配の男性は慌てて話す。 「申し訳ありません、勘違いされているようですが、なにもチケット代を払えと訴えにきたのではありません。実は・・・先日妻に先立たれ、最後にまたこの地へ一度戻ろうと思い来てみると、立派な水族館が出来ているではありませんか。それに、あなた様の顔を見ると、当時の様子をハッキリと思い出しました。あなた様は、こう言っては悪いですがみすぼらしいボロボロの服を着ていて、毎日のように水族館の周りを歩き、時々入ってきたらそれはもう大喜びしていただき、その様子を見てはこちらまで大変嬉しく思い、よく妻と話をしていたのです。そして、それを知っておきながらどうしてもっと早く入園させてやれなかったのか、ずっと後悔しておりました。それをどうしても伝えたくてお話をさせていただいたのです。」 青年は顔を上げ、泣きながら謝った。 「ありがとうございます。本当に申し訳ありませんでした。あなたの作った水族館が、僕は大好きでした。」 「分かっておりますとも。私も、この水族館が大好きになりましたよ。」 そんな2人の会話の近く、水族館の出口の近くでみすぼらしいボロボロの服を来た少年が立っていて、背伸びをしながら中の様子を見ようとしていた。 「おや、君は水族館が好きかい?それなら特別に入らせてあげよう」 2人はニコニコしながら声を揃えてそう言った。 以上です。 読んでいただきありがとうございます。 動物園も好き(特にサル系は人間みたいに個性があって楽しいので何時間も見ていられる)ですが、水族館も楽しいですよね。 回転魚の鰯(イワシ)もほとんどが同じ方向で回っているのに、時々逆走している強者がいるんですよ(笑) 魚にも性格があるんでしょうね。
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