流れ星は願いが叶うサイン

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「今、どこにいますか?」  ヘッドセットを装着した和泉(いずみ)かなえは、パソコン画面の向こうに問いかけた。見ていると酔って吐きそうなくらい映像が揺れ動いている。 「ちょっと、待って。カメラを固定するから」  がたがたと耳障りな音の後、壁や天井の揺れが止まった。それでも尚、中心に映る常盤(ときわ)の顔がゆっくりと回っている。 「これでいいかな? ワシ、映ってる? 今、メインキャビンに到着したよ」  常盤の顔が完全に逆さになった。薄い髪はふんわりとしてボリューム感が増し、もともとふっくらしていた顔もやや膨らんでいるように見える。常盤は、年相応に重くなった瞼に押し下げられた細い目を三日月の形にして、少年のように笑った。 「無事に到着されたみたいで、何よりです。いかがですか? 我が社の宇宙ステーションに入った印象は?」 「初めて来たけど、想像以上にエキサイティングだよ。すばらしい」  常盤は計器類で埋まる天井を蹴って、ふわりと壁に近づき、窓枠に取りついた。 「おお、まるでSF映画みたいだ。宇宙にいるなんて信じられない。地球は青くて、実に綺麗だ。ここなら、旅行客も大満足するんじゃないかな」  好奇心旺盛な子供がするように、瞳を輝かせて丸い窓にかじりついている。モニタ越しでも、興奮している様子が伝わってきた。 「お褒めいただいて光栄です」  和泉は、大学時代の友人とベンチャー企業を起こし、衛星軌道に宇宙ステーションを建設した。これまでは、委託された無重力実験や地上監視、地球環境の解析などで稼いできたが、新たに宇宙ステーションへの観光旅行事業を始めようと計画している。  航空宇宙局の許認可はまだ下りていないが、第一号の客として、会社を支援してくれている常盤を招待していた。 「キミの会社に投資したのは正解だったと、あらためて確信したよ。とてもすばらしい」  個人投資家の常盤は窓枠にしがみついたまま、舐めるように顔を動かし、外の景色を余すことなく見尽くそうとしている。  和泉は、ヘッドセットのマイクをオフにして、机に置いたスマホをタップする。『沖広副社長(おきひろふくしゃちょう)』という表示が点滅し、「もしもし、沖広だけど」と声が聴こえた。 「沖広くん、そろそろお願い。私が注意を引くから」  和泉は沖広の返事を聞く前に、通話を切った。  モニタの中の常盤がこちらを見ていた。 「常盤さん、出発の前にもお伝えしましたけど、地球に帰還する時には、注意事項がございまして……」  和泉は、マイクをオンにすると同時に話した。 「知ってるよ。覚えてるさ。帰りのシャトルでは、飛行士用のシートには着席せずに、貨物室に隠れていろってことだろ?」 「そう、その通りです。免許を持たれていない民間人の宇宙旅行の許可がまだ下りてませんので、マスコミなどに見つからないように、くれぐれも、ご協力、お願いいたします」 「わかったよ。行きもそうしたんだ。窮屈でたまらなかったけどな」  常盤の背後に、沖広が現れた。手すりを使って、空中を滑るように近づいてくる。長身の沖広が両手を挙げると、常盤の小柄な体形もあって、熊が小動物を襲おうとしているようにも見えた。 「やぁ、副社長……」  常盤が振り返り、沖広に気付いて声を掛けるや否や、常盤の首に紐が巻きついた。  その紐の両端を沖広がしっかりと握っていた。
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