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新しい殺人ビジネスの概要はわかりやすくて、簡単だ。
依頼が来たら、人知れず宇宙に連れ出して、殺してシャトルから放出する。
死体は、大気圏で燃え尽きて、流れ星になる。
依頼主が夜空を見上げて流れ星を見つけられれば、願いが叶ったということだ。
なんともロマンチックじゃないか。
宇宙空間は、どの国のものでもない。どの国の法律も及ばないから、どの国の警察も動けない。
我ながら良く思いついたものだと、和泉は、グラスに半分以上残っていた赤ワインを一気に口に流し込んだ。
一か月後、和泉は軽自動車を運転し、シャトル発射場の駐車場に車を停めた。
発射場の周りはカメラを構えた群衆で賑わっている。というのも、数日前に、当局から、宇宙旅客ビジネスの許可が下り、そのことが大々的に報道されたからだ。
一般客を乗せて飛ぶのはまだ先だが、下準備のためにシャトルを打ち上げるという情報を聞きつけたマスコミや、天体ファンが押し寄せたのである。
発射前のシャトルに、続々と備品が積み込まれている。わが社の社員が慌ただしく働いている。
「和泉社長、おはようございます。今日は、お気遣いくださり、ありがとうございました」
ジャージ姿の小夜が、お辞儀をしていた。今日は、メイクも薄い。
「何を言っているのよ、小夜ちゃん。水臭いわね」
「だって、私まで、宇宙に行けるなんて、こんなこと、これまでは、想像すらしていませんでした。とっても楽しみだし、朝から興奮しっぱなしです」
「相変わらず、小夜ちゃんは謙虚ね。もっと、図々しくしてもいいのよ。だって、小夜ちゃんも、この会社の創業者なわけだし」
「いえいえ、とんでもありません。私なんか、お茶を汲む以外、何のお役にも立てておりませんので」
「そんなことないわよ。わが社のムードメーカーだし、副社長も小夜ちゃんあってこそ、実力を発揮できているわけだし。今日は、結婚記念日なんでしょ。楽しんでらっしゃい」
「はい。私たち、ハネムーンにも行けていませんでしたし、昨晩も、家で、これがハネムーンだねって話してたんです。いい思い出になります。宇宙ステーションについたら、連絡させていただきますね」
小夜は、目が無くなるほど細めて、目尻を垂らし、嬉しいことを包み隠さず表情に出していた。
3,2,1……。
ゴゴゴゥと地を揺るがすような轟音は、腹の底にまで響く。
小夜と沖広を乗せたシャトルロケットが打ち上げられた。
和泉は太陽が眩しくて手をかざし、水蒸気が立ち昇る向こうで小さくなっていく飛行体の影を見送った。
どこからともなく拍手が沸き起こり、発射場を囲んでいる群衆らから歓声が上がる。
和泉は、熱狂を避けるように駐車場に戻った。
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