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二人は協会へ移動すると、二センチほど扉を開き中を覗き込む。
確かに熊のように巨大な影が見えた。体長は恐らくニメートル以上はある。肉付きが良くレスラーのようでもある。
もし人間なら、呼びに来た修道女が云うように、文字通りの大男だ。ところがマザーは安堵の声を溢す。
「あぁ、大丈夫ですよ。彼は人間です」
そう言ってマザーは、強張っていた肩を下ろし、扉を開け中に入った。
マザーに気付いた大男が二人のほうへ歩いてくる。窓を閉め切っている教会はステンドグラスからの光しかなく、はっきりと顔が分からない。
「マザー、メールの件で来ました」
ドスの効いた低い声音だ。修道女は、恐ろしくて震えが止まらない。マザーの後ろに立ち、隠れる。
「良くいらしてくれました。猪熊さん」
マザーは大男を見上げる。近くで見ると巨人のようであった。入り口から差し込む光の中で猪熊という男の顔が浮かび上がる。
顎が大きく、口髭を生やしている。そして左目の下から頬にかけて縫い傷があった。
この傷が、猪熊という大男を更に恐ろしく見せている。厳つい顔には、睨まれたら金縛りに遭いそうな鋭い双眸が構えていた。
「例の子はどこですか?」
「こちらです」
この教会は、孤児になってしまった子供たちを、無償で預かる保護施設『ノアの方舟』を併設していた。
三人は施設のある建て屋へ移動する。マザーの斜め後ろを歩く修道女が、小声でマザーに話しかけた。
「マザー。あの方はどちら様でしょうか?」
「あぁ、貴女は初めてでしたね。猪熊さんは刑事です。事件で孤児になった子供を、ここへ連れてきてくださるのよ」
「刑事……じゃあ、例の呪われた子も、あのお方が連れてきたのですか?」
「ユキさん! 言葉に気を付けなさい」
小声とはいえ、マザーの叱責に修道女は首を竦める。
「そうよ、三十人のイカれた少年たちに暴力を振るわれていたところを、猪熊さんが助けたそうです。そして、その助けた子が孤児だと分かり、ノアの方舟へ連れてきてくれたのよ」
「そうだったのですか……まだ十歳なのに」
そう、猪熊は二週間前に彼自身がここへ連れてきた人物に会いに来たのだった。
この二週間の間に、理屈では説明できない怪異な出来事が、少年の周囲で立て続けに起こっていた。
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