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猪熊とマザーは事務所へ移動した。事務所にいた別の修道女がポットで湯を沸かす。
「猪熊さん、お紅茶はお呑みになりますか」
「いや、おかまいなく」
マザーは来客用のソファーへ座るよう猪熊を促したが、「俺が座ったら壊れてしまう」と云って断った。マザーは、見上げるように猪熊の顔を見る。
「それで、いかがでしたか? あの子と話してみて猪熊さんも感じませんでしたか、不思議な違和感を」
「マザーの云っていたことが分かりました。あの子を、俺に預からせて貰えないですか?」
「ええ、それは構いませんが。どうなさるおつもりですか」
「あの子は俺が育てます」
猪熊の思わぬ発言にマザーは唖然とし目を丸くした。
「こう言っては失礼かもしれませんが、あなたに子供を育てられるとは思えませんが。ましてや刑事、家を何日も空けることだってあるのではないですか」
「勘違いされては困る。俺はあの子を息子として育てるつもりはない」
「では、育てるとは、どういった意図ですか」
「あの子の能力です。あの子なら、もしかして奴を捕まえられるかもしれない」
「奴?」
「こんなことを言ったら笑われるかもしれませんが、家族同然だった俺の大切な部下の仇……九尾の狐を、俺は捕まえなければならない」
「九尾の……狐? それは妖怪の、ですか?」
猪熊は静かに頷く。暫時、静寂の時間が訪れたが、マザーが震える声で猪熊に訪ねる。
「道具として育てるのですか」
「聞こえは悪いが、そう言うことです」
マザーは眉根を寄せると、何か反論したそうな表情をしたが、何も言わずゴクリと息を飲み込んだ。
「まあ、このままノアの方舟にいても、恐らく私たちでは手に負えないでしょう。貴方にお任せします」
「それが賢明です」
「今日は何も起こりませんでしたが、あの子の周りに、見たこともない不思議な生き物が現れることもあるんです」
「はは、そうですか」
「笑い事ではありませんよ。あの子は、何かに取り憑かれているのかもしれません。お気を付けくださいね」
「分かりました」
そして猪熊と少年は、ノアの方舟を後にした。
「どうかあの子に、神のご加護を」
二人の乗るバスが見えなくなるまで、マザーは手を振っていた。
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