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頭から湯気が出る勢いで閻火が怒っていると、音もなく優しい気配が近づいてくる。
爪を隠して歩くのは猫の習性だ。
トコトコと藍之介の後ろを通り過ぎ、私の手前で止まると、二人の間に立つ人物の足に身を擦りつけた。
「にゃうーん」
「おお、しまよ、腹が減ったか」
閻火は甘えた鳴き声を漏らす子猫に気づくと、慣れた手つきで抱き上げる。
その表情は先ほどとは打って変わって、とても穏やかだ。
あれからしまちゃんは、うちの子になった。
この店に来る度に閻火と離れるのを惜しんでいた。その姿がかわいそうだと思った葉月ちゃんが美月さんに相談して、私たちが育てる話になったのだ。
一番懐いている人のそばにいた方がいいと、しまちゃんの幸せを考えての決断だった。
葉月ちゃんは寂しいけれど、ここに来れば会えるから大丈夫だと言ってくれた。
あれから美月さんは夜遅くなる仕事を辞め、日中中心に活動しているため、葉月ちゃんが孤独に苛まれることもないだろう。
だからこそ前向きな選択をしてくれたのかもしれない。
しまちゃんは二階のトイレに行く時以外は、一階の店内で大人しくしている。
階段のすぐそばにはふわふわの素材でできた、猫用のかまくらに似た部屋がある。
しばらくそこで丸まって寝ていたのが、空腹のため起きてきたようだ。
閻火はその寝床のすぐ横にある小さな棚の引き出しを開けると、中から袋を取り出す。
そして肉球の絵がついた丸皿に、量を調整しながら餌を入れた。
「さあ、しまよ、閻火様の特製まんま、とくと味わうがいい」
大袈裟に言っているけれど、ただのキャットフードだ。
それでもしまちゃんは閻火からもらえただけで嬉しいのか「にゃーん!」とそれはもう高い声を上げて元気よく食べ始めた。
閻火はあれからも嘘をつかない。
ここで暮らすための例外を除いて、お世辞も抜きに本音を大事にする性質は変わらずしまちゃんを虜にしていた。
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