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「ええ、お願い。私ね、40年前に嫁いで、島を出たの。父も母も亡くなって、お墓も兄の住む東京に……だから島に来たのなんて、本当、40年ぶりで……だめね、こんなに離れてると、まるで知らない町みたい」
彼女は目を細めて、道を見つめる。
「それに40年前なんて、まだ宇宙移住なんて無かった頃でしょう。あの頃は、もっと島には人が多くて……商店街なんかも、あったのだけれど……」
彼女の見つめる先には、もう何もない。つるつるの大地があるだけだ。
彼女は少し笑って、首を傾げた。耳に付いた綺麗なイヤリングが音を立てて揺れた。
「ごめんなさいね、べらべらと一方的に……斉藤といいます。よろしくね」
「私は……亜美っていいます」
亜美。と斉藤さんは口の中だけで呟いて、また寂しそうな目で周囲を見渡した。
「あなたもこの町の出身?」
「ええ……とはいっても中学校の時に一年だけ。その後、父の転勤で、またすぐに東京に戻りました。で、今度は逆に半年前に東京から島に戻ってきたんです」
亜美は伸びをして、太陽の光を浴びる。
冷えるが心地のいい天気だった。
少しべっとりとした潮の香りがする。耳を澄ませば、海の音も聞こえる。
この町は、朽ちていく様子も美しい場所だった。
「だから最近の島にはむしろ詳しいくらいです。ご案内しますよ、どうせ暇ですし」
「……すっかり、変わってしまったわね」
斉藤の隣には、レンガの薄い壁が立っている。
雨よけというにはあまりに頼りない小さな屋根が付いた、不思議なものだ。
潮風で白くなったそれを撫でて、斉藤は目を潤ませる。
「ここね、昔はバスの……待合所だったはず。もう、バスも走っていないのね」
「バスは十年前に、もう止まったと聞いてます。でも自転車がありますから、後ろに乗ってください」
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