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しかしこの島は平和そのもので、案外このシステムがうまく動いていた。
「そう、都会で聞く……田舎の噂はその……ひどいものだから」
斉藤は言いにくそうに呟いて俯く。声が悲しそうに籠もった。
「……田舎では人が争ってチケットを奪い合って、子どもや年寄りが飢えている……ですか?」
亜美は笑って、重い空気をかき混ぜた。
「私も聞きましたよ。私、東京からのドロップアウト組なので」
亜美の呑気な言葉を聞いて、斉藤の手が震える。
今の時代、東京から田舎に越す若者はほとんどいない。田舎に戻る人は、適合検査で落ちた人間か、さもなくば変わり者か犯罪者、そして事情持ち。
「……そう」
「田舎も実際は平和なものです。噂なんて当てになりませんね、この島が特別なのかもしれませんけど」
斉藤は口を閉ざす。目の前の風景を食い入るように見つめていた。
先ほどまで何もない一本道だったが、角を曲がればまた住宅街に飛び出した。
住宅街と言っても、今ではほとんど誰も住んではいない。崩れた壁には蔦が這い、庭の大木は屋根を突き破っている。
ただ所々、電気が付いている家もある。窓に配給品の洗剤の影が映り、人の気配が横切ることもあった。
それを見るたびに、斉藤は切なそうに瞼を震わせるのだ。
時折、斉藤のような人が、この島に足を運ぶことがあった。
島を捨てて、都会に出た人々だ。
最後に……この星を離れる前に、彼ら、彼女らは、故郷に足を運んで風景を目に焼き付けていく。そのための「見学者」はあとを絶たない。
「都会では、まだ移住待ちをされてる人が多いんですか?」
「ええ。でも以前よりは回転も早くなってきたわ。適合検査の列も短くなったし」
彼女は言葉を止める。そして言いにくそうに、つぶやいた。
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