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……その賢い彼は、大学を出て宇宙飛行士になり、夢だった宇宙に飛び出し素材を発見し……そして、素材だけを、船に返した。
仲間によると、彼は黒い空間へ静かに落ちてやがて消えていったそうだ。今も、彼の体は宇宙のどこかにある。
それは、多くの人々が船に乗って宇宙を行き来する今も変わらない。彼だけは船に乗ることもできず、どこかで漂っている。
「今から思えば、この人もかわいそうな人。宇宙船が飛び交うあんな場所で、一人放流しているなんて」
斉藤は石碑をそっと撫でた。
クリタ宇宙飛行士は戻ることはできなかったが、功績は大きい。その功績をたたえて、虚しい石碑がこの島に立てられたのは10年前のことだったらしい。
彼が宇宙に消えて、10年もたってからのことである。
「……やっと、戻ってこられたのね」
斉藤は羨ましがるような、そんな口調で優しく呟いた。
「有難う、亜美さん。もう少し、ゆっくりしたかったのだけど」
斉藤は目尻を指で拭って立ち上がる。都会では人前に立つ仕事をしていたのかもしれない。背が自然に伸びる、立ち姿の綺麗な人だった。
「私も……もっと、この町のこと、聞きたかったです」
「お会い出来て良かったわ。もう……」
彼女はまた、言葉に詰まる。
しかし、彼女が言い掛けた言葉を亜美は自然に察した。
(二度と会う事は無いけど)
ここに来る人たちはみな、そう心の中で思って去っていく。そして本当に、二度と会うことはない。
「亜美さんは、結婚をしていらっしゃるの?」
彼女は亜美の左手の薬指に目線を落として、ほほえむ。そこには、シンプルな銀の輪っかがはまっている。
が、亜美は明るく首を振った。
「夫は……今は、いないんです」
「……ごめんなさいね」
「あの……気にしないでください……っていったら変だけど、でも私ももう、吹っ切れてるので」
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