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そして一番高い場所に鎮座しているのは、古くさい小型ラジオ。
ぼろぼろのスピーカーにつながれたハンディラジオ。がたがた音を立てながら、音楽だとかニュースだとかを鳴らし続けている。
調子が悪いのか音は途切れたり止まったり、急に大きくなったり。それでも一生懸命動く様子は健気でさえあった。
そんなラジオの横には、雰囲気に似合わない手書きの紙が一枚。
『当店はモーニング専門店です。営業時間は朝6時から朝10時まで。
コーヒーと食事で配給チケット半分をいただきます(※日によって料理の内容は変わります)』
「はい、亜美さん。先にコーヒーです。今日も、いつもと同じ、ちょっと薄目で。あ、そうそう。手に入る豆の種類が変わったので、また感想を聞かせてくださいね」
「ありがとう。でも悟朗さん、配給チケットって半分で大丈夫なの? 一枚まるまる渡してもいいんだよ?」
「ご心配ありがとうございます。でも趣味みたいな店ですし。自分一人食べていけばいいだけなんで」
来てくれるだけで嬉しいんです。そういって笑う悟郎の笑顔を見て、亜美は慌てて顔を俯ける。
その頭上を、音楽がまた流れていった。
「悟朗さんのお店はいつも音楽番組を流すね」
「だって、最近のニュースは気が重いでしょう?……あ、パンが焼けた」
ちん、と軽い音を聞きつけて悟郎はいそいそと、古いトースターのふたを開けて湯気をあげるパンを取り出す。
良く切れるナイフをパンにそっと当てると、さくさくと暖かい音をたててパンが切れた。
カウンター越しに見ても分かる、ふんわりあがる白い湯気。
湿度を持ったその湯気が、悟郎の顔を優しく撫でるのをみて、亜美の腹が鳴った。
悟郎の目が真剣にパンを見つめている。その揺れる前髪を、亜美はじっと見つめる。
この瞬間は、どれだけ見つめても目が合うことがないので、安心だった。
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