70人が本棚に入れています
本棚に追加
最近は、確かに緑の農地が増えてきている。
一年前は見なかった、若い人も増えてきている。
「宇宙に移住する人が、喜んで人に自分の土地を渡していくんです。いつか……戻ってきたときに、もう一回、農地を使えるでしょ」
悟郎の声が切なく震える。亜美は答えず、コーヒーを静かに飲んだ。
飲み込んだコーヒーの苦みを誤魔化すように、亜美はコップに残っていた水滴を舐めた。
「このコーヒー豆、ちょっと苦いね」
……適合者の全員が、喜んで地球から離れるわけではない。
家族が子供が夫が妻が、宇宙へいく。だから彼らもついて行く。地球に残したものに、後ろ髪を引かれながら。
いつか戻ってくるといいながら、戻ってくることはない。
『こんな忘れ去られた場所で、私はあなたともう一度、恋をする』
一瞬の静寂の中、透き通るような女性の歌声が響いた。
それはまっすぐで綺麗な声だ。
とうとうと歌い上げるのは恋の歌。それを聞いて、悟郎は目を輝かせる。
「あ、この曲最近よく聞きますよ。一時期は恋愛の歌って消えましたけど最近また増えてきましたよね。ここのサビのメロディー、綺麗ですよね」
「ねえ、ほかのにしない?……朝から湿っぽい歌はちょっと苦手かも。歌詞も陳腐だし、あんまり好きじゃないんだ」
パンの残りを一口で食べて、亜美は指についたパンくずまで綺麗に食べてしまう。
綺麗な声は、まだ切なく歌い上げる。こんな時代には、悲しすぎる曲だった。
亜美のわがままにも、悟郎は怒らない。にこにこと、太い眉を下げて笑うのだ。
「ほかの邦楽チャンネルは調子が悪くて……あ。でも、クラシックチャンネルありますよ。たぶん、近くのラジオ局の跡地を誰かが利用しているんだと思います。うまく繋がれば一番音が綺麗なんです」
「個人のラジオ局で、クラシック?」
「著作権も切れてますし」
「こんな時代に著作権とか」
「大事でしょ」
最初のコメントを投稿しよう!