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佑木奏司くんはピアノ専攻の、いや、音楽科のスターだった。…と言っても本人はそれを特に嬉しく思っていないようだったけど。
俺は多分ギリギリ入学できたであろう、時計坂学園音楽科の入学式で彼の演奏を聴いた時、感動のあまり泣いてしまった。で、
「あ、俺の居る場所じゃないや」
と、早々に自分のピアノに見切りをつけた。言っておくが投げやりになった訳ではない。むしろ潔いと言って欲しい。
佑木くんは誰とも群れなくて、むしろ音楽科に居ることを苦痛にすら思っているんじゃないかとさえ感じることがあった。休み時間も普通科の友達の所へ行ったり、ずっと一人でいたり。
でもそれが逆に、孤高の天才感を後押ししたようで、彼の演奏が聴ける機会が有る時は、ほぼホールは満員になった。俺は入学以来、佑木くんのピアノのファンだったので、ほぼパーフェクト参加で聴きにいっていた。
「ちょっと演奏変わったな」
そう思ったのは高校三年の初夏あたりから。寸分の狂いのないかっこいい演奏から、そこにちょっと鮮やかさや柔らかさが加わった気がする。…まあ俺ごときが言えたことではないのだが。
そんな羨望の眼差しを向ける、何なら柱の影からそっと見守る恋する乙女くらいの立ち位置しか出来なかった俺に、佑木くんがピアノを貸して欲しいと言ってくるなんて!
…でも、貸してって?
佑木くんちにも、ピアノあるでしょ、もちろん。壊れたの?
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