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「ありがとう」
佑木くんが俺にも頭を下げた。色んな意味が詰まっていそうな「ありがとう」。
「でも本当にお構いなく。ピアノ貸してもらえるだけで有り難いから」
そう、二日間ということは泊まりになるということだ。母と姉は何だかとっても張り切っている。
「お父さんは?一応ご挨拶を…」
「ああ、父さんは出張中なんだよね」
これまた丁寧に申し出てくれた佑木くんに俺も上着を脱ぎながら答えた。
「俺の父さんね、一代で会社を築いて大きくした敏腕社長なの」
俺は佑木くんにお茶を差し出しながら大袈裟に言って笑い話のようにした。
「音楽科入ってすぐにピアノはダメだわって言っても怒らなかったのはそのせいなんだ」
「え?」
佑木くんは直ぐにでもピアノを弾きたそうだったけど、俺のこの言葉にお茶を受け取って聞き返した。
「もともとおじいちゃんが会社やってて、父さんは後継ぎだったんだよね」
「うん」
俺はテーブルにもたれ、佑木くんはピアノの椅子に座った。
「でも大学時代に旅行したヨーロッパで、北欧家具の虜になっちゃって、それで今の輸入家具の会社始めたんだけど」
「もともとご実家は何を?」
「老舗の食品メーカーだよ。まったくジャンル違うよね」
俺が笑って話すと、佑木くんも少し笑った。
「勘当同然で家を出て、それでも好きな仕事を初めてさ。その関係で母さんとも出会ったんだけど」
母はああ見えて学芸員の資格も持っている。古い家具を扱う時の時代背景なんかを知りたかった父さんが母さんを紹介され、そこから恋愛に発展したらしい。
「だからね、うちは『好きな道、自分が選んだ道を行く』がモットーなの」
「そうか、それでか」
佑木くんが頷いた。
「でも、一度選んだものはちゃんと本気でやってみるってルールもあるんだよ?それでもダメだなと思ったら、他を見つければいいって感じかな」
「…いいご両親だな」
佑木くんがカップに目を落とした。
ずっと、気になっていた。
佑木くんはピアノのエリートとして育ってきたはずだ。あの『佑木家』で。それなのに音大に行かないどころかピアノを止めると言っていた。…どうして?
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