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「佑木くんちのピアノは本当に壊れてるの?」
俺はさっき自分がついた嘘に乗っけるようにして佑木くんに聞いた。佑木くんは少しだけ笑った。その笑みは自嘲のようにも見えて、俺は探るように佑木くんの言葉を待った。
「…壊れたのは俺と両親の仲かな」
「え…」
「俺、今家を出てるんだ」
佑木くんが椅子から立ってカップをテーブルに置いた。俺はそこまでの理由だと思ってなくて、正直驚き過ぎて声が出せなかった。
「ピアノはもういいって思ってたから、家を出たこと自体は後悔してないんだけど…今回はどうしても頑張りたくて」
「ネクタイ選抜を?」
「うん」
佑木くんはまたピアノの椅子に座った。
「今まで自分から進んで頑張ろうって思ってこの試験には臨んでなかったんだけど、今回だけはどうしても赤いネクタイが欲しいんだ」
うわあ!
うわあ!うわあ!
顔を上げた佑木くんの目がしっかりとした意思に燃えていて、めちゃくちゃかっこいい。…確かに、今までこんな表情の佑木くんは見たことなかったかもしれない。
「どうして今回はそうなの?」
こんなに自分のことを話してくれる佑木くんが俺は嬉しくて、少し上ずるくらいの声で聞いた。佑木くんはチラッと俺の方を見た。そして鍵盤を一つ鳴らした。重厚だけど落ちずに昇るような音が部屋に響く。
「大事な人が、それを望んでるから」
「…大事な?」
「その人が悲しい顔するくらいなら、俺は赤いネクタイ何本だって取ってみせる」
う、うわあ…。
ヤバイ!かっこいいメーターが振り切っている!こんなセリフを言っちゃうなんて、言わせるなんて…。
これは、これって…。
佑木くん彼女いるのか!
俺は勝手にそう思って赤くなる。
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