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「今はその人の家で世話になってるんだ」
んんん?
俺は佑木くんを暫く観察するように見つめてしまって、慌てて目線を外した。
だって、今の表情って、さっき『大事な人のために赤ネクタイ取りたい』って言った時と同じような…。
佑木くんはワイシャツの袖をまくって腕時計を外した。ピアノの屋根を開け突上棒を起こす。
大事な人のために本気で弾くピアノ。
最高峰の難関、リストの超絶技巧練習曲第三番、ラ・カンパネラ。
こんな即席の友人にピアノを借りるほど、なりふり構ってられないほど、大切な人。
佑木くんが人生を賭けた人。
「練習室の時みたいに聴いてていい?」
俺はピアノに向かった佑木くんの背中に聞いた。佑木くんは首だけで振り向くと「ごめん」と言った。
「ちょっと恥ずかしいくらい本気でやんなきゃ首席取れないと思うから、一人でやりたいんだ」
「…え?」
「勝手ばかりでごめん」
首席?
首席も取んなきゃだめなの?!
どんだけなの、その『大事な人』!そしてそれをやろうとしてんの、佑木くん?!
「…分かった」
「ありがとう」
「その代わり試験が終わったら佑木くんのギター聴かせてくれる?」
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