bonus track 3

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 俺は佑木くんの腕を引っ張って階下の弦楽専攻の練習室に連れて行った。  弦楽専攻でもネクタイ選抜は行われていて、ピアノ専攻より時間が押しているのか、人はあまりいなかった。好都合とばかり、俺はこっそり押さえておいた弦楽練習室のドアを開ける。 「………」  佑木くんは立ち止まり、入り口のドアをゆっくり閉めた。  俺は意気揚々と佑木くんにギターを差し出す。 「…えーと、ごめん杉山」  困ったような佑木くんの顔。俺は「え?」と首を傾げる。佑木くんはしばらく俺が掲げたギターを見つめた。  ナチュラルカラーの『アコースティックギター』。 「俺、実はまだアコギは弾けないんだ」  え?  えええ?! 「ごめんな」  佑木くんは苦笑して頭を下げる。でもしばらくして肩を震わせて笑い出した。 「そっか、まさかのアコギか!」  佑木くんが俺の手からアコースティックギターを取ると「弦が硬いんだよね、エレキと違って」と笑いながら弦を押さえた。  うわ!そうか、そうだよ!『バンド』って言ったら普通エレキギターだよ!  俺はその時初めて気が付いた。  なぜか前に想像した時もアコギで想像していた!  …バカ過ぎる、俺。 「うわわ、ごめん…エレキ借りておけばよかった…」  俺は心底しょげた感じで肩を落とす。  バイン!べシン! 「ほら鳴らない」  それでも佑木くんは楽しそうにアコースティックギターの弦を弾いた。 「ホントだ、鳴ってない」  俺は佑木くんの指をまじまじと見る。さっきまであんなに荘厳なピアノを奏でていた指が、不器用そうに弦を押さえる。 「佑木くんにも弾けないものがあったんだ…」 「何だよそれ、俺ピアノ以外はド下手だよ」  また嬉しそうに笑う。「下手」と言って嬉しそうなのは何でだろうとも思ったけど、ちょっと分かる気もする。本当にやりたいことを始めたばかりの嬉しさと楽しさ。  大事な人と一緒に歩んでいきたいと決めた勇気。 「じゃあエレキギター、今度聴かせてよ」 「いいよ。アコギよりはまだマシな音が出るかも」  佑木くんが本気とも謙遜とも取れるような苦笑をして、アコースティックギターを俺に返す。
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