2

1/1
前へ
/113ページ
次へ

2

仁王立ちの右手には鋭い包丁が握られ、 刃先に血がついている。 女の前には脇腹から血を流している男が倒れている。 その男の顔を見て、私は、はっと息を漏らした。 夫、大樹だった。 私の声に女はゆっくりと振り返った。 華奢で小柄、傷んで明るい髪の毛を無造作に一つに縛り、毛玉が目立つセーターに、スキニーデニムの女は、私の知らない女だった。 「あ、奥さん。名前は百合だよね」 女は私の名前を呼んだ。 続けて、「私のこと知ってる?」というから、私は頭だけ動かし、否定する。 「知らないの?エミっていいまーす。もう、大樹さん、百合に私の話してないなんて、離婚する気本当にあるの?」 エミは甘えたような声を出して、大樹の脇腹をつついた。 大樹はぴくりともしない、と思うと同時に、 脇腹から流れてくる血生臭さが私の鼻腔を支配した。 大樹はあの包丁で腹を刺されてしまったんだ。 それで死んでしまった。 強く理解すると、私の意識は二階にいる学へと飛んだ。 エミが誰で、目的が何なのか分からない。 でも今は、とにかく学ちゃんを守らないと。 私の命より大切な宝物の学ちゃんを! 急激に脳みそへ緊急アラーム音が鳴り響き、 私はもつれる足で、階段を上ろうとした。 その瞬間、皿に乗った煮込みハンバーグが飛んできて、 私の背中に当たって落ちた。 「きゃあ!」 という私の声と共に床へ落ちたハンバーグが床を汚しながら転げ回る。 「ちょっと、勝手に行かないでよ。大樹さんを運ぶのを手伝ってもらいたいんだから」
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加