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2
仁王立ちの右手には鋭い包丁が握られ、
刃先に血がついている。
女の前には脇腹から血を流している男が倒れている。
その男の顔を見て、私は、はっと息を漏らした。
夫、大樹だった。
私の声に女はゆっくりと振り返った。
華奢で小柄、傷んで明るい髪の毛を無造作に一つに縛り、毛玉が目立つセーターに、スキニーデニムの女は、私の知らない女だった。
「あ、奥さん。名前は百合だよね」
女は私の名前を呼んだ。
続けて、「私のこと知ってる?」というから、私は頭だけ動かし、否定する。
「知らないの?エミっていいまーす。もう、大樹さん、百合に私の話してないなんて、離婚する気本当にあるの?」
エミは甘えたような声を出して、大樹の脇腹をつついた。
大樹はぴくりともしない、と思うと同時に、
脇腹から流れてくる血生臭さが私の鼻腔を支配した。
大樹はあの包丁で腹を刺されてしまったんだ。
それで死んでしまった。
強く理解すると、私の意識は二階にいる学へと飛んだ。
エミが誰で、目的が何なのか分からない。
でも今は、とにかく学ちゃんを守らないと。
私の命より大切な宝物の学ちゃんを!
急激に脳みそへ緊急アラーム音が鳴り響き、
私はもつれる足で、階段を上ろうとした。
その瞬間、皿に乗った煮込みハンバーグが飛んできて、
私の背中に当たって落ちた。
「きゃあ!」
という私の声と共に床へ落ちたハンバーグが床を汚しながら転げ回る。
「ちょっと、勝手に行かないでよ。大樹さんを運ぶのを手伝ってもらいたいんだから」
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