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日が傾き始め、辺りが薄暗くなり始めた頃に僕の仕事は始まる。
「さて、そろそろいくか」
秋も深まり、少々肌寒い季節になって来たので、厚手の長袖を着てはいるが、夜は恐らくもっと冷えるだろう。
だからローブも羽織ることにした。
「それじゃあ、行って来るよ」
「ウにゃー」
身支度を整えてから、玄関先にいた飼い猫のカギ助を撫でまわす。
真っ黒で艶々な毛並みは、いつも僕に癒しをくれる。
ひとしきりカギ助を撫でた後、
家を出ようとすると、背後から妻に声を掛けられた。
「ねぇアナタ。帰りはどれ位になるの?」
「問題がなければいつも通りだよ」
彼女は近所でも評判の美人で、その上、それなりに大きな商家の娘だ。
気配りも出来るし、きっと普通なら100点満点の奥さんだろう。
それに比べて、僕はただの木こりの息子。本来なら身分違いも良いとこだ。
その上、梲(うだつ)も上がらない。
そんな感じだから、彼女には頭が上がらない。
「ちゃんと早く帰って来てよ?」
「うん。わかってるよ。苦労懸けるね」
「別にそんなことはないけど…………」
彼女は甲斐甲斐しくそう言ってくれるけど、それは僕を凄く愛しているからかというと、ちょっと違う。
いや、大分違う。
中々子宝に恵まれない僕等は、跡取りはまだ出来ないのかと、
彼女の両親に急かされているのだ。
「いつもありがとう」
「う、うん。いってらっしゃい」
一人娘で、大きな商家で育った彼女は、それなりに贅沢に暮らして来た。
だけれども僕の稼ぎでは到底、独身時代の様な生活はさせて上げられない。
そしてそれを不憫に思う彼女の両親は、なんだかんだと理由を付けては彼女に仕送りをしてくる。
と言っても、それにあやからせて貰ってるし、そのことに文句はない。
僕には絶対に自分の収入だけで家族を養うのだっ!
というようなプライドもないし。
「なるべく早く帰って来てね」
「うん。わかってる」
ちょっと口うるさいとこはあるけど、収入面のことで僕を責めたりしない。
そんな気遣いをしてくれる優しい彼女を僕は愛してる。
……と思う。
そんなわけだから、今の生活に不満は無いのだけれど、何となく出そうになる溜息を抑えて僕は家を後にした。
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