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「こう、へい?」
数秒の、だが、大地を揺るがせた轟音に、一瞬だけ状況を忘れた。鼓膜を震わせるほどの余韻からして、落ちたのはかなり近くのようだ。
獣の唸りに似た雷が遠くに聞こえ、ほっとしたのも束の間、今度は雨が降り出した。さあさあと夏の余熱をなだめるような、優しい雨音が猛る二人をも包みこむ。
(…………苦しい!!)
抱擁を超えた締めつけに、たまらず身をよじった。なんとか脱出させた手で、しがみついたまま動かない紅平の髪に触れる。
「雨が降り出した。雷はもう大丈夫だと思う」
「………………」
少しだけ緩んだ腕の中で、努めて温和な声を上げた。梳くように髪に指を絡めると、少年時代の記憶がたちまちに蘇る。いつも隣で見下ろしていた、小さな級友。触れたら消えてしまいそうに儚げな、でも、手を伸ばさずにはいられない、無垢で、綺麗な、大切な――存在。
「相変わらず、へなちょこな髪。……久々だな、こうして触るの」
自然と述べた声には、もう先ほどまでの情炎は宿っていない。猫みたいに細くて柔らかな髪に触れた途端、幸福に満ち足りてしまった。
ずっと――ずっと、こうして彼に触れたかった。
戯れに髪を掻き撫でた中学生の頃……恋だなんて、気づきもしなかった、あの頃。成長するにつれて、隣で見上げる綺麗な「友人」に、触れてはいけないような気がしていた。触れたら――もう、友人同士ではいられないと、無自覚にも、自身を抑制していたのかもしれない。
子供同士のじゃれ合いでは、満足できないのだ、と。
「……こんな姿、見られたくなかった」
「は?」
丹羽に埋もれたまま発せられた声は、ひどく暗いものだった。ぐい、と、両手で無理矢理に紅平の顔を起こすと、予想通りの情けない表情がある。叱られてしょげかえるホワイトシェパード……例えるなら、そんなところか。
「もう、強くなったんだ、って。萌の隣で守られてるような、中学の頃の俺とは違うんだ、って……頑張りたかった。萌に頼られるような、強い人間に、なりたい」
沈痛な面持ちも、雷に怯えた姿も、愛しさにしか変換されない。が、美形らしからぬしょげた顔に、笑い出しそうになるのをなんとか堪えた。かわりに、ぐしゃぐしゃと猫っ毛を掻き回し、終いには思いきり抱き締めた。体格に差がついたせいで力では敵わないが、紅平に負けない、強い、めいっぱいの抱擁を返す。
「いまのままのお前で、十分だ。それ以上、強くなったら、もう追いつけない。いまでも……こんなに、好きなのに」
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