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扇風機の微弱な風では、火照った体を到底クールダウンできそうにない。
(一足飛びしすぎた……)
玄関先で下着一丁になり、そのまま洗面所へとなだれこむなど、よくできたものだ。
居間の扇風機前に座りこんだまま、浴室に目をやる。つい先ほどの出来事を思い出し、再び体温が上昇した。紅平を残して逃げるように出てきたはいいが、一体どんな顔で彼を迎えよう?
(あいつ、着やせするんだ……。意外と筋肉が――)
自然と浮かんだ感想に、ぶぶっと首を振って己を戒める。
勢いで突入した浴室は、男子二人が入るには狭すぎた。顔を見合わせ、お互いに余裕を失っていることを確認し、視線をまったく降下できずにいるうちに、羞恥が膨らみ始めたのだ。
「ぶ!」
シャワーのカランを最強にして捻り、紅平の頭から湯をかけると、彼は短く呻いた。「絶っっ対に目を開けるな」――低い声で命じ、闇雲に手を動かす――彼の頭を洗い、怒涛の勢いでボディソープを泡立てて背中まで洗い、合間に浴槽へ湯を溜めたのである。
(お互いの裸なんて、中高時代に何度か目にしたはずなのに。体育の着替えとか、林間学校とか……)
なんてことない――そう思おうとしたが、却って意識してしまう。他の友人とは、体つきやコンプレックスについて、ふざけ半分で平気で話していたのに、紅平とはできずにいた。
(やっぱり、あいつは『特別』だったんだ……)
無邪気な恋の話も、生々しい性の話も、彼には重ね見ることができなかった。
寡黙で綺麗な友人が、「誰か」に対して欲望をぶつける様など想像できないーー想像したくなかった。稀少価値のある笑顔を独占して、顔に似合わぬドジの数々を二人の思い出にして、できるだけ長く紅平の隣にいたかった。……よもや、彼が自分に恋しているとは夢にも思わなかったのだが。
(……つまり、俺が自分の想いに気づけなかった分、紅平を長くしんどい目に遭わせてた、ってことだよな)
反省モードに突入しかけたが、浴室のドアが開閉する音でハッとした。いまは過去を悔やんでいる場合ではない。この後――。
(ヤバい!! この後、どうする!? ……って、そりゃ、決まってるよな)
すぐ脇にある愛用のシングルベッドに、ピンク色のスポットライトが当たっている気がした。量販店で購入した安物のベッドが、いまだけは妙になまめかしい。なんの考えもなく立ち上がると、押し入れに突進し、常備してある客用布団を引っつかむ。速まる鼓動にせかされるように布団を用意すると、へたりとその上に座りこんだ。
(落ち着け。落ち着くんだ、俺!!)
手にした枕をぎゅうと抱きしめたが、脳裏には先ほど垣間見た紅平の裸体がチラついて離れない。
「萌?」
「わ!!!」
驚いて顔を上げると、湯上がりの紅平が不思議そうな顔で枕と一体化した丹羽を見下ろしていた。
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