中間地点 **

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「お、おお、お水」  動揺をごまかすように傍らのペットボトルを差し出す。ふわりと微笑んだ紅平は、肩にかけたタオルで髪を拭きながら静かに身を屈めた。微かに鼻をかすめた柑橘の香りは、いつも使っているシャンプーのものだが、彼の体から発せられていると思うとどうにも落ち着かない。丹羽が貸したTシャツにハーフパンツという家着でも、至近距離で拝む湯上がり美形はあまりにも刺激的だった。丹羽の視線を捉えたまま、紅平は薄い唇を開いた。 「布団……」 「あ、うん! 俺は――ど、どっちでも寝れるから。紅平が好きな方で寝るといい」  ついホッとした声で応じたが、ペットボトルを差し出した腕をつかまれて笑顔が凍りついた。  あ――驚きが叫びになる間もなく、布団の上に押し倒された。ペットボトルが落下した鈍い音が耳を通過するが、目で追うことはできない。湯上がりの体が放つ熱が、薄い衣服越しに伝わってくる。 「こう、へい」  合わせた胸が、緊張に大きく上下した。わかっていたのに。こうなることが必然だと、わかってはいたのに、いま、なにを考えればいいのか、わからない。 「今夜は、離れたくない」  鼻先で毅然と言い放つ彼に、応じることも抵抗もできぬまま息を呑むと、驚きもろとも唇を塞がれた。たやすく自分を組み敷く男の背中に回した手が、ぎゅっとTシャツの生地をつかむ。首元に移動した彼の唇が新たな熱を孕み、声を漏らしかけた。 「おやすみ」 「は?」  端的な挨拶とともに、心身を支配する力から解放された。ごろ、と、すぐ横に落ち着いた男は仰臥位となり、胸元まで掛布団を引っ張り上げた。……端整な横顔だが、読めない。俺にはコイツの思考は読めない。 「……しないの?」 「……………今夜は、しない」  煌々と灯る照明を見つめながら、紅平はたっぷりと間を置いて回答した。驚きと、安堵とを噛みしめる自分に罪悪感を抱きながら、綺麗な恋人を無言で眺める。 「じ、準備とか、あるし。それに……」  微風で駆動するエアコンが、低く音を立てていた。虚空を見据える彼の想いに触れ、内に巣くう声が行き場を求めてこだまする。  俺も――。  俺だって、ずっと――。  枕の上で顔を向けた紅平の視線を捉える。口を開けば溢れてしまいそうな想いはしかし、明確な言葉にはできない。 「それに、いまさら、焦りたくはない。……今日は、ごめん。俺、性急すぎた」  いつも通りのブツ切り口調が、愛しかった。布団の中で捕らえた長い指の感触は、友人の時には確認しえないものだ。今度は……そんな風に想像する胸の内は、期待と不安とが半々ずつだ。性急に体を求めた指先も、いま重ね合う少し冷たい指も――……。  俺のすべてを暴くのは、この指がいい。
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