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「あ――ありが、とう。あの日……実習生のことで――俺を、励まして、くれて」
言い切るまで顔を上げていることはできなかった。耳まで赤くなり、ひたすらに畳の床を見つめるしかない。ちくしょう、こんなはずじゃ……。
くぐもった声に恐る恐る顔を上げると、日高が顔を手で覆って笑いを堪えていた。ふふふっ、と漏れる声は、心底おかしそうだ。
「ごめん、だって……愛の告白でもするみたいに真剣な様子だったから。なにを言い出すかと思えば……そんなの、いいって。いつの話だよ!」
何ヶ月も前じゃん。明るく述べた日高の声が、自動的に耳を通過していく。いてもたってもいられず、勢いをつけて立ち上がり、まだ笑っている同僚の背中を押した。
「帰れ、帰れ!! お前がいると具合が悪くなる!」
「熱が上がるから怒るなって。なんかあったら呼べよ。すぐ、来るからさ」
シャツ越しの背中から、温もりが伝わってくる。ぎゅっと瞳を閉じて、同僚を玄関まで追いやった。
のぼせたような頭で、しばらくベッドに横たわっていた。
日高が帰り、どれほどの時間が経っただろう。微かに残る彼の残り香に一層の虚しさを覚えて、枕に顔を埋めた。
「あ」
枕の下に差しこんだ手に何かが触れる。そろりと掴んで取り出す前に、正体の察しがついた。
掌に一粒の天然石が転がる。
無色透明の球体は、部屋の照明を反射し、小さなくせに艶やかな輝きを放った。
「なにがクリスタルだよ……」
こんな、石ころ。
毒づいて放り捨てたい気持ちを押し殺し、そっと指で触れると、冷たく硬質な感触が伝わってきた。
新の瞳に映る静謐な光は、次第にぼやけて形を失い、ぽとりと音を立てて消え去った。
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