【ふたつの花火】

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【ふたつの花火】

 今日の夕飯は手作りぎょうざだ。イチヤさんが中に詰めるタネを作った。おれはそれをスプーンですくって、ぎょうざの皮で包む。  初めてだったけど、これでも手先がまあまあ器用だから、コツを掴めばできる。ぎょうざのひだを綺麗に作って、カーブをつける。横から見ていたイチヤさんは「うまいな」と言ってくれた。 「え、そ、そう?」 「ん、おれよりうまい」  イチヤさんに珍しく褒められた。いつもは怒られてばっかりだから、褒められたおかげでますますやる気が出る。残った皮を全部やる勢いでおれは包みまくった。  ホットプレートで焼きあがるのを待つ間、おれはこの時のために用意した言葉を言うことにした。 「ねえ、イチヤさん。花火、観に行かない?」  夏といえば、花火は定番。海には行ったけど、まだ花火は見ていなかった。イチヤさんの顔が険しくもならないから、誘いを断る気は無さそうだった。ホットプレートに蓋をしたイチヤさんは、おれに視線を向けた。 「いいけど、どこの花火大会に行くんだ?」  ほら、乗り気だ。 「花火大会じゃなくて、おれの実家。家から花火が観られるんだ」  ふたりきりで家の2階のベランダから眺める花火を想像したら、にやにやが止まらない。誰にも邪魔されずに花火を楽しむだけではなく、色々できそう。そんな下心がわいてくる。 「おれはいいけど。お前のとこのおじさんとおばさんは……」 「大丈夫。了解は取ってあるから」 「アキトにしては、ずいぶん、準備がいいな」  目をまん丸にして驚くイチヤさん。おれはかなり前から計画していた。予定がちゃんと決まって、ここ最近、どう切り出そうかとそわそわしていた。そのきっかけが今になったけど。 「浴衣を着てさ。手持ち花火をするのもいいよね」 「浴衣、着たことねえな」 「それなら、ばあさんが用意してくれるって」 「本当に手際がいいな」  ぎょうざだけでなく、今回の計画について褒められたらしい。 「楽しみにしててよ、イチヤさん」 「ああ、しとく」  そう言ってイチヤさんはホットプレートの蓋を開けた。たまった湯気が一気に抜けていったら、ぎょうざパーティのはじまりだった。 ◆  花火当日。イチヤさんを連れて、実家に帰った。  2階のベランダで蚊取り線香を焚きながら、ふたりで並ぶ。お揃いの紺色の浴衣で、柄違いのをそれぞれ着た。イチヤさんはうちわを手に持ち、ゆっくり扇ぐ。うなじ、鎖骨が見えているのが目の保養で、おれはそこばかり見てしまう。  見つめすぎていたら、目が合った。でも、イチヤさんはすぐに視線を落として、おれの首辺りを見てきた。 「な、何、イチヤさん?」  あからさまに見られたことがなくて、戸惑う。 「……浴衣、似合うなと思って」 「へ?」  自分で言ったことに照れたのか、イチヤさんは顔を空に戻す。褒められたことにじわじわ気づいてくる。あのイチヤさんがおれを褒めたんだ。嬉しくて仕方ない。 「やっぱり、聞かなかったことにしろ」 「やだ。嬉しかったんだから、聞かなかったことになんかしない。イチヤさんも似合ってるよ」 「うるせ」  この感じは、かなり照れている証拠だ。今すぐにこっちに引き寄せてキスしたい。ダメでも手だけでも繋げたい。今日ぐらいは強引でも許してくれるかなとか。  そんな恋愛脳におちいっていたら、最初の花火が上がった。大きく開いた花火に向けて、スマホをかざした。ムービーを撮ろうとしたのだけど、「綺麗だな」と声がして、そっちに目を向けた。  隣のイチヤさんはスマホをかざすこともなく、ただ自分の目で花火を眺めている。色鮮やかな空がイチヤさんの顔も染める。鮮やかであればあるほど、光に照らされたイチヤさんが綺麗に見える。  その様子を見ていたら、こんな綺麗なものをスマホを通して見るのがもったいない気がした。自分の目で焼きつけていきたい。この場をイチヤさんと楽しみたいから、今日、来たんだ。そのことを、やっと思い出した。 「本当に綺麗だね」  おれはイチヤさんの手に触れて繋いだ。こうして一緒に花火を見られることが、こんなに嬉しくなるなんて思わなかった。イチヤさんもぎゅっと力をこめてくれるから、同じ気持ちでいてくれるんだろう。  全部、自然な流れだった。顔を寄せると、イチヤさんも寄せてきて、そのまま唇が重なった。  30分ほどで花火は終わり、今度は庭先に降りた。開け放った縁側に、じいさんとばあさんが仲良く腰掛ける。  おれとイチヤさんは、手持ち花火に火を点けた。ふざけて手持ち花火をぶん回したら、「はしゃぐな、バカ」って言われた。そういうイチヤさんも、両手で持っているし、はしゃいでいるように見える。  だけど、指摘しなかった。言ったらイチヤさんは、きっとやめちゃうだろう。こんな可愛い姿をずっと見ていたかった。 「まったく、アキトは子供の頃のまんまだな」 「いいじゃんか、今日くらい」  じいさんとおれのやりとりに、ばあさんが笑っている。  まるで子供の頃に戻ったみたいだ。親はいなかったけど、じいさんとばあさんがこうして花火につき合ってくれた。  ただ、子供はおれしかいなくて、手持ち花火で遊ぶのはひとりだった。じいさんはネズミ花火のときとロケット花火のときだけ助けてくれた。ばあさんは線香花火のときだけだったっけ。  でも今は、イチヤさんがいてくれる。ぱちぱちと音を立てる花火、しゅーっとバーナーみたいに伸びる花火、地面に置いて火をつけると上に向けて飛び散る花火。全部、イチヤさんとした。  あんなにいっぱいあった花火は、みるみるうちにバケツに突っこまれて、残骸になった。  残っているのは線香花火だけだ。この時ばかりは、じいさんとばあさんも強制参加だ。  ぴらぴらした部分を指で持って、火を点ける。ぱちぱちと音を立てて爆ぜる小さな玉。この小さな玉を巡って、変な競争がはじまる。誰が一番この玉を保たせるかどうか。  おれのはすぐに落ちた。「しょぼいな」とイチヤさんが勝ち誇ったような顔をする。おれはそういう負けず嫌いなところを可愛いなあと思ったりする。   じいさん、ばあさん、イチヤさんの順で落ちていった。  花火が終わると、何となくイチヤさんとふたりで縁側で涼んだ。うちわで仰ぎながらも、古めの扇風機が頭を振っている。 「綺麗だったね、花火」 「ああ、打ち上げ花火も、手持ち花火も。夏を堪能したって感じだな」 「終わっちゃうね、夏」 「そうだな」  暑さが来るのは嫌だけど、いざ夏が過ぎてしまうのは寂しい。 「また来年も花火を見ようよ」 「ああ」  即答だった。イチヤさんの目をじっと見つめていると吸いこまれそうで、ため息でごまかした。 「今夜は我慢してね」  さすがにじいさんとばあさんがいる実家でエロいことはできそうにない。 「それはお前だろうが」 「またまたー。イチヤさんも性欲が強いのは知ってるんだからね」 「おれが強いんじゃない。お前に合わせてやってるんだろ。本当に我慢できんのかよ?」 「できるよ、そりゃ。寝る前に1回、トイレにこもれば……」  そんな話をしているときに、ばあさんの「風呂に入っちゃいなさい!」と声が聞こえた。おれたちは顔を見合わせて、今日だけは言い合いはこのくらいにしておこうと、お互いに口を閉ざした。 〈おわり〉
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