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【積極的】
イチヤさんはシャイだ。普段ぜったいに自分からはアクションを起こさないし、百歩ゆずってキスしてよと言っても拒否ばかりする。
いっつもおれから。待ってもじっとしていられないですぐに襲いかかってしまう。ちょっとは余裕を持ちたいけど、今のところは無理。
だって、背中を向けたときのうなじとかたまらないんだ。くたくたな寝巻のTシャツからのぞく鎖骨も色っぽい。わざわざ角度を変えて見ちゃう。
気付かれたら確実にボッコボコだけど。
もっと極限のときはジーンズの引き締まったお尻を見るだけでもムラムラしてしまう。両手でつかみたくなる。
結局、顔をうずめたら、ボッコボコだ。
でも今回ばかりは我慢をしたい。おれの誕生日だし、特別な感じにしたいし。やっぱりイチヤさんからもアクションを起こしてほしいし。
こうしておれの挑戦ははじまった。
まず考えたのがあまりイチヤさんを見ないようにすること。
次に会話も極力ひかえること。
あとは二人きりにならないように外出することだ。人がいればイチャイチャできないだろうし。
イチヤさんに外出するのを提案したら「たまにはいいか」とお許しをもらった。あとは実行あるのみ。
二人でぶらぶらと町を歩いた。どこに行こうか言いださないまま、だまってあてもなく歩いた。
前方から来る恋人みたいに腕を絡み合わせることもなく、むなしいだけの時間が流れる。となりで歩くイチヤさんはどう思ってるんだろう。
わざとらしく手の甲を触れ合わせた。
「ごめん」
「別に」
また無言に戻っていく。はあ、と深いため息はおれのものじゃなかった。
「おれ、帰るわ」
「え、何で?」
「お前、変だし」
「変かな?」
「いつもはべらべらしゃべってるくせに、今日は何にもしゃべらねえし」
だってしゃべったらイチヤさんを見ないとならないし、見たら横からキスしたくなるかも。
「ほらな、また全然違うとこ見てる。こっちを見ろよ」
イチヤさんの視線を感じる。でも向いたら歯止めは効かなくなる。
両手で頬を包みこまれ、顔を無理矢理向かせられる。
あーあ、イチヤさんを見てしまった。そう考えていたらキスされてる?
知らぬ間に裏路地まで連れこまれ、シャツを引かれながらキスされた。イチヤさんの舌がおれの唇をこじ開けようとする。
半開きに誘ってくる目とか、もう無理だ。負けた。どうなってもいいから、イチヤさんのに吸い付きたい。
首に腕を回し、舌をからめさせる。背中をなでていくと、コートの生地がもどかしい。肌にじかに触れたい。でもそうしたら、イチヤさんは風邪をひいてしまうだろう。
あきらめて腰をまさぐっていると、コートのポケットにかたい感触がした。何か入っているのかも。
ただ、勝手に確かめるのも悪いから、手を離すと、イチヤさんがおれの手首をつかむ。
信じられないのが「部屋に戻るぞ」と言ったのだ。
「部屋に戻る?」
「当たり前だろ。人が来たらどうする? おれは人にケツを見せる趣味はない」
その言い方がまさにイチヤさんらしくて笑ってしまう。
「おれもイチヤさんのきれいなお尻は見られたくないな~」
「うるせえ。そんなことはどうでもいいんだよ」
「くそ」と言いながらイチヤさんはコートのポケットから四角いものを取り出す。
「誕生日だろ、これやるよ」
というか道端で渡すってムードもないけど、プレゼントは前から欲しかった腕時計。
「結構値段したでしょ?」
「さあな」
もしかしてイチヤさんも渡すタイミングをはかって無口だったのかもしれない。
「大切にするよ」
「どうだか。まあ、大事にしなかったらおれがもらう」
思ってもいないくせに照れ隠しにそういうことを言うんだよなあ。
イチヤさんの誕生日にはもっと、真っ赤になって恥ずかしくなるぐらいのものにしてみせる。
だから、覚悟をしておいてほしい。
〈おわり〉
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