【こりない夏】

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【こりない夏】

 夏の高い空から見下ろされる太陽は眩しい。じりじりと熱を感じながらベランダにしゃがみこんだ。  目の前には無残にヒビの入ったソレ。おれはソレの前で手と手をぴったり合わせて、目をつむる。 「どうか成仏してください」  手をすり合わせ、ただひたすら祈る。成仏を願い、念仏(のようなもの)をぶつぶつ唱える。  あー、どうか。おれを恨まないでほしい。しょうがないのだ。あの人はきみの存在を許してはくれない。  しかしながら、きみをあの人と同じくらい愛していた。それは嘘ではないのだ。 「何、してやがる」  恐い恋人――イチヤさんはベランダにいるおれに向かって、どすのきいた声を浴びせた。  何をしているかと聞かれても、おれの分身に祈りをささげているとしか言えないけど。  あまりのショックさに収まりかけた涙が鼻水となってやってくる。  いきさつはこうだ。  ついさっき、あまりにおれがソレを見ながらニヤニヤしているものだから、浮気しているのかと疑われた。  もちろん、浮気なんてしていない。あの一件以来、浮気はしないと誓った。  なら寄越せと言われ、ソレを渡した。  イチヤさんはソレを見るなり、勝手に操作しはじめた。何かを確かめているのだろう。指を動かした。  そして、どう考えいたったのか、ソレを踏みつけた。思い切り。  無防備な画面に、ミシッとヒビが入った。 な、何てこと。 「何でおれの隠し撮りの画像がこんなにあるんだよ! 気持ち悪いだろうが!」  スマホの残骸は放り投げられベランダへ。そしておれは成仏を願ったというわけだ。 「せっかく集めたのに。イチヤさんの可愛い画像」  ぐずっと鼻も鳴る。画像のイチヤさんはぐっすり眠っていたり、シャツがはだけていたり、おれがしゃぶったあれがつんと自己主張していたり。  これがあればどんなにイチヤさんと離れても大丈夫だった。夜のお供に。 「うるせえ」 「だって、ふつうのとき、撮らせてくれないじゃんか。おれは一緒に撮りたいのに。何で」  一緒の画像もほとんどない。 「て、照れるからに決まってんだろ」  となりにしゃがみこむイチヤさん。だからって、「踏みつけるのはやりすぎ」と言ってみると、予想外の反応が返ってきた。 「すまん。おれがとなりにいるのに、おれの画像見てにやついていると思ったら、腹立って気が付いたら踏みつけてた」  もしかしたら、イチヤさんって意外と情熱的なのかもしれない。クールな顔をして色々我慢してんのかな。  「おいで」と開いた足の間を示すと、今日は素直にそこに収まった。  後ろから抱き締めて汗ばんだうなじに唇を寄せる。舌でなめるとしょっぱい。  犬みたいにだらしなく舌を垂らしてイチヤさんの首をなめた。 「くすぐったいからやめろ」  夏はいい。イチヤさんも薄着になるから。だれが聞いているかもしれないベランダで、Tシャツの上からとんがったものを弾く。 「聞いてんのか、ばかやろう」 「いいよ、ばかだもん。おれ、イチヤさんの前ならばかでいい。だから、」  イチヤさんの耳たぶに歯を立てたあと、「イチヤさんをちょうだい」とささやいてやった。 「くっ、何なんだよ」耳が真っ赤に染まっておいしそうだ。しゃぶりたくなる。 「それ、今更だろ」 「え?」  イチヤさんは腰をひねっておれに顔を向ける。赤らんだ顔が近づいてきて唇が重なる。唇を割られ、舌まで入れられてしまう。  もう上手すぎですよ。耐えられなくて、おれが追いかけようとしたら唇を離された。おあずけを食らわされて呆然とする。  してやったりの笑みに心臓をわしづかみにされる。イチヤさんもこんな顔をするのかと、新しい発見。本当に飽きない。  そういうわけだから、無趣味な男にも趣味ができた。もう浮気している場合じゃない。 〈おわり〉
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