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1・4 一難去ってまた……
「私、重くなかった?」
隣を歩くリリアナが俺に訊いた。
「いいや、全然」と答える。
ーー嘘だ。リリアナは俺より小さくて細身だけど十七歳の普通の女子だ。何でも完璧なベルノルトだったら重さなんて感じないだろうが、一般人の俺には重かった。しかも全力で走らなければならなかったのだ。サラマンダーに丸焼きにされる前に心臓が破裂するかと思った。
だが俺だって、わずかに恥じらいの表情を見せながら『重かった?』と尋ねる女子が『ああ、重かった』なんて答えられたらショックを受けるだろうことは分かる。その女子が苛烈な王女、リリアナだとしても。
実際、返答を聞いた彼女はほっとした顔をしている。
勇猛果敢な戦士であるのに、体重なんかを気にする繊細なところもあるらしい。
「リリアナ様は羽毛のごとき軽さですよ」と筋肉の塊のようなセシリオが言う。
そりゃお前はそうだろうよ、と心の中だけでツッコむ。ヤツの体の厚みは俺の倍以上だ。
「羽毛?」エデナが不思議そうな声を出す。「リリアナ様の外観、並びに剣を使った攻撃時から類推する筋肉量から考えるにその体重は……」
「エデナッ!」
ダフネが大賢者の弟子に飛び付き、その口を塞ぐ。
「女子にとって、体重の話題はタブー! 禁忌! 覚えて!」
「分かりました。でも何故ですか? 私は気になりませんけど」
「あのね、」とダフネがエデナの耳に何やら囁く。
エデナは博学で圧倒的に賢いが、感覚がズレていることがたまにある。うちの国は初等教育が義務づけられているけれど、学ぶ方法は何でもよい。だいたい一般市民は学校で貴族や資産家は家庭教師だ。
エデナは小さい頃にその才を認められて、以来大賢者の元に住み込みで学んでいるという。ちなみに大賢者は七十を越したじいさんだ。女子の機敏にうとくても仕方ない。
「この旅はエデナにとって、良かったよね」ベルノルトがセシリオに話し掛ける。「僕たちが初めての友達みたいだから」
「生きて帰れれば、『良い旅だった』と言う」苦笑して答えるセシリオ。
「そのことですが、」
エデナがそう言いかけたとき、
「何かしら、あれ」とリリアナが前方を指差した。
先の方で、赤黒くドロドロとしたものが右から左に流れている。
「変だな。なんで斜面を流れ落ちて来ないんだ?」ベルノルトか首をひねる。
俺たちは岩山を登っている最中なのだ。普通ならば、流れるものはこちら側に来るはず。
「私が見てくる。みんなはここで待っていて」
そう言って前に進むリリアナ。いつだって彼女は先陣を切る。
「溶岩でしょう」エデナが言う。「あちらから熱気も感じますし」
「溶岩? 火山から吹き出るという、アレ?」とベルノルト。
「はい。ですがこの山が火山との記録はありませんから、《永遠の魔女》の魔法でしょう」
へええと、みんなで遠巻きに溶岩を見る。全員、初見だった。熱いんだよな、人は触れない?なんて確認し合う。
「とにかく、あれを渡らなければ進めない」とリリアナ。「転移魔法は使えないし、何がいいかな」
そうなのだ。この岩山で、それは使えない。当初、リリアナは転移魔法で《永遠の魔女》が住む《原始の森》に行くつもりだった。だが行けなかった。俺たちはそのはるか手前の、この岩山のふもとに放り出されたのだった。
それから何度か試したが、どうやっても転移魔法は発動しなかった。以前は《原始の森》まで行けたはずだというから、恐らくは俺たちを拒みたい《永遠の魔女》の仕業なのだろう。
「まずは氷結魔法を試してましょう。溶岩を凍らせられれば、歩いて渡れます」ベルノルトがそう言って進む。
「溶けちゃわない?」とダフネが言う。
「試してみないことにはね。僕たちは飛べばいいけど、セシリオを抱えては無理だから」
「すまん」と小さくなるセシリオ。
飛翔魔法が使えるのはベルノルトとリリアナとエデナだけだ。飛べないのが四人もいる。
物体を移動させる魔法もあるけど溶岩の川幅が広すぎて、一番魔法に秀でたリリアナでも、無事に向こうまで送れる自信がないという。
「方法がみつからなったらセシリオは私が背負って飛ぶから心配しない」
リリアナが逞しき騎士見習いの背をバンと叩く。
「姫様が潰れてしまいます!」
「潰れはしない」と凛々しい顔をするリリアナ。
「だけど墜ちる可能性はあります。どう見ても重量オーバーですから」とエデナが淡々と言う。
ふと気づくと、俺の上着の裾をライアンが握っていた。頭上のけも耳は伏せられ、全身がプルプルと震えている。
「そうか、ライアンは高いところが苦手だったか」
「そ、そんなことはない。俺に怖いものなんてないからな」
そう強がるライアンの額には脂汗を浮かんでいる。
「……そうだった。間違えた。苦手なのは俺だった。ベルノルト頼む、全力で凍らせてくれ」
「了解!」
我が優秀な弟は力強く答えると、呪文を唱え始めた。
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