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1・5 ニブすぎる男
結局、溶岩に氷結魔法は効かなかった。堰止める、固まらせる、というのもダメだった。
「仕方ない。ライアン、諦めて一緒に飛ぼう」
リリアナがライアンの肩に手を置く。
「……」
だがライアンは答えない。しかも涙目。
「セシリオさんを運ぶのも危険ですし……」とエデナが周囲を見回す。
だけどあるのは岩ばかり。
「リリアナ様」とエデナ。「魔法で岩石を砕けますか?」
「もちろん」
「ならばそれを溶岩の中に幾つか落としましょう。ライアンさんはそれを足場にして溶岩の流れを渡る。できればセシリオさんを乗せて」
ライアンの伏せられていたけも耳が、パッと起きる。顔も輝いている。分かりやすいヤツだ。
「足場は三つあればいいぞ!」
すぐさまリリアナが呪文を唱え、大きな岩の塊がパカリと割れる。それは宙に浮かぶと、溶岩の川を目掛けふよふよと飛んで行く。移動魔法だ。見ればベルノルトがぶつぶつ言いながら手を動かしていた。
さすがベルノルト。俺にはこんなに重くて大きなものは動かせない。
そうして溶岩の流れの中に、三つの足場ができた。ライアンが魔獣の姿になる。
魔獣の彼は美しい。大きさは普通の狼の2.5倍くらい。毛並みはダークシルバーで陽の元では輝いて見え、額の角は白く真っ直ぐで螺旋状に筋がついている。人の姿だとややポンコツ気味だけど、魔獣のときのライアンは世界で一番カッコいい。
その背に股がったセシリオが
「どこに掴まればいいんだ?」
と戸惑い顔で俺を見た。腹這いになってライアンの首に抱きつくよう、力加減と共に教える。
セシリオがその通りにすると魔獣ライアンは地面を蹴った。ほぼ助走なしの跳躍でひとつめの足場の岩にたどり着き、そのままあっという間に溶岩を渡り終えた。
「すごい!」と感嘆の声をダフネがあげる。
ベルノルトは笑顔で称賛の拍手をし、
「早すぎて、足の動きが確認できませんでした」と、がっくりとした声はエデナ。
向こう岸では早くも人に戻ったライアンが大きく手を振りながら、
「アルノルトも早く来いー」と叫んでいる。
「では私たちも」とリリアナが俺たちを見渡した。「ベルノルト、ダフネをお願い。アルノルト、あなたは私が背負うから」
「いやいやいやっ!? おかしいだろ。リリアナが潰れる」
思わずのけ反る俺。
「問題ない、セシリオよりは軽いもの」
彼女はそう言いながら大股で近づいてくると俺の腕を取り、更に進んだ。それから顔を寄せ、
「いい加減、気がついて」と囁いた。
「何を?」
「ダフネはベルノルトが好きなの。アルノルトはニブすぎるよ」
そっと振り返る。『よろしくお願いします』とベルノルトに言っているダフネは頬が赤い。
なるほど。
あれは男子一般への恥じらいではなくて、ベルノルト個人へなのか。
まあ確かにあいつはモテる。だってイケメンだからな。俺と違って。
でも、あの組み合わせでいいのか?
「だからってリリアナが俺じゃ重いだろ?」
「大丈夫。エデナだって『重量オーバー』と言わないでしょ?」
確かに。
ーーそれはそれとして俺のプライドがうずくけど。
と、
「お先に失礼します」
と声がして、エデナと、ダフネを横抱きにしたベルノルトが宙を飛んで行った。
なんてこった。
「ほら、行くわよ」
とリリアナが手をくいくいしている。
「俺がリリアナを背負うよ」
「ありがたいけど、それでは飛びにくいの」
「ならばベルノルト方式」
「……あれはやったことがないから、墜ちたら大変」
仕方ない。
「それなら、よろしく」
諦めて、彼女におぶわれる。
「飛ぶわよ。しっかり掴まっていて」
「ああ」
一般的な魔法しか使えない俺は、墜ちたらなす術がない。
体が宙に浮く。さすがリリアナ、俺を背負っていても安定している。だが気づいてしまった。リリアナの首筋が真っ赤だ。かなり頑張っているのだろう。申し訳ない。
足を引っ張るだけの俺。本当に、なんでこんなところにいるんだ。情けない。
リリアナはこんなに凄いのに。
彼女は同世代の中では最強だ。剣も魔法もトップ。当然、頭脳のほうも良い。誰も彼女には勝てない。だけど生まれ持った能力ではないらしい。幼いころからの努力の積み重ねだという。
つい少し前まで、今の国王夫妻にはお子様がリリアナしかいなかった。我が国の法律にのっとれば、次の王はリリアナになる。だが女性の王は国際的にも国内的にも軽視される。だから彼女は誰にも文句を言わせないよう、最強の王になるため研鑽に励んできた。
とても責任感のある王女なのだ。
そんな彼女は夫になる相手にも強さを望んでいて、自分を負かした相手を婿にとると宣言している。今のところ彼女は無敗。世間は彼女に勝てる可能性があるのは、ベルノルトかセシリオだと考えている。
当然、平々凡々な俺には関係のない話だ。
何しろ自力で飛ぶこともできないで、彼女に背負われて移動するしかないような男なのだから……。
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