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2・1 原始の森
岩山の裾野からは深い森が広がっていた。通称と呼ばれるそこは、博学なエデナでさえ見たことのない動植物に溢れている。今のところ怪物や危険な動物には出会っていない。その代わりーー。
「うわっっ!」
四度目になる叫び声をあげてしまう。
突如、空中に逆さ吊りにされたのだ。もう四度目だから分かっている。足首に絡まった蔦に吊り上げられたのだ。この森には自らの意思で動くことのできる植物がいるようなのだ。
跳躍したリリアナが剣で蔦を切り、ライアンが落下した俺を抱き止める。
「またしても、すまない……」
他のメンバーは一回やられたかどうかなのに、俺は四回。森に入ってまだそれほど経っていないのに。植物にも俺が最弱だとバレているらしい。ほんと、俺って足手まといだ。
「何か対策がないかしら」とリリアナ。「そのうちアルノルトが脱臼してしまうかも」
「そうですね」とエデナ。「あいつらが苦手なものでも分かればいいのですが」
「とりあえず強化魔法をかけておきましょう。ケガは防げます」
ベルノルトがそう言って俺を見る。
「いいよ、魔力の無駄使いはよくない。もしケガをしたら、その時は治癒を頼む」
「でもそれでは痛い思いをするのよ」とリリアナ。
「大丈夫。俺は頑丈だから。そうそうケガなんてしないって。ほら、サクサク進もう」
正直に言えば、吊り上げられる時には衝撃がある。でも多分、まだ脱臼するほどじゃない。
歩きだした俺にリリアナが並ぶ。
「アルノルト、無理はしないで。仲間に引き込んだ私が言うのはおかしな話だけど、あなたは弱いのだから遠慮をすることはないのよ」
『弱い』。分かっているけど、彼女に言われるとぐさりと胸に刺さる言葉だ。
「ライアンがひとりで来てくれれば良かったのだけどね」
小声でそう言った彼女はちらりとライアンを見た。だがあいつの聴覚は人間よりずっといい。確実に聞こえているだろう。
「誰だってよく知らないヤツらと旅をするのは不安だろ?」
「そんなもの?」
「普通はそんなものだ。それにあいつは人間の姿だと俺たちと変わらない年頃に見えるけど、まだ六歳だし」
「そうだった」
リリアナは頭を左右に振った。
「ありがとう、アルノルト。ついつい自分を基準に考えてしまうわ」
「君はパワフルだからな」
「だって王女だもの」
その言葉に、初めて彼女を見たときのことを思い出した。
うちの国では、魔法が使える者は十六歳になる年に魔法学園に入学する決まりだ。
俺たちの代に王女がいることは入学前から広く知れ渡っていた。高位貴族の子女には彼女と親しい者もいたけれど、中庸貴族で領地からろくに出たことのない俺とベルノルトは彼女に会ったことはなく、美人で傑物だとの噂だけを知っていたのだった。
そうして迎えた入学式。学年代表として登壇した彼女は圧倒的なオーラをまとっていた。力強い歩み、自信に溢れた立ち振舞い、聴衆を引き込む口調。わずか十五歳にして王の風格があった。
そして入学生としての挨拶を終えた彼女は、生徒の顔をぐるりと見渡して言ったのだ。
「王女である私の夫になりたいと考える者たち。私はいずれ王になるでしょう。王配に必望むものは強さです。私は、剣か魔法で私を負かした者を夫にします。挑戦はいつでも受けて立つので、我こそはと思う者は誰でも挑んできなさい」
生徒だけではなく、教師たちまでもがどよめいた。そんな中で挑発的に群衆を見回してから悠然と降壇する彼女は、言葉では言い表せないほどに美しく見えたのだった。
もっとも、何をやっても普通レベルの俺には、王女も王女の夫も縁のないものだと思っていた。なのにいつの間にか、すっかり友人の間柄に。
ちなみにベルノルトは魔法と剣、それぞれ一度ずつ、彼女に挑んで負けている。どちらも一年生のときだ。
二年のときはどうやら勝利方法を研究していたようで一度も挑戦しなかった。
そして今俺たちは、最終学年である三年生になったばかり。
「あ!」とリリアナが声をあげた。
「どうした?」
苛烈な王女がめずらしく焦った顔をしている。
「アルノルト!」
「何だ?」
「『弱い』って、この旅の仲間の中ではだから。学校の中では普通レベルだもの」
「分かってる。ありがとな」
「……ちゃんと守るから」
「大丈夫だよ、俺にはライアンがいる」
「そうそう」ライアンが満面の笑顔を向ける。「アルノルトを守るのが俺の生き甲斐だから、リリアナ様は旅に集中していいよ」
「ライアン!」ベルノルトが後ろから声を掛けてきた。「ちょっと、こっちに来て、これを見てくれないかな」
「ヤダ」
ライアンはプイっとして俺の腕にしがみつく。
「ライアンさんて、アルノルトさんへとベルノルトさんへの態度が違いすぎますよね」
エデナが不思議そうに言う。
「そりゃ、彼は僕が嫌いだから」
ベルノルトが苦笑した。
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