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2・2 ライアンと俺
ライアンと俺との出会いは五年ほど前だ。
ヤツはうちの裏庭に落ちてきた。鳥のエサとして運ばれていた最中だったのだろう。すぐに三羽の猛禽類がやってきて、ヤツを足で掴もうとした。
だがヤツはふさふさのしっぽをパタパタと振り回して応戦。
とはいえ鳥に掴まるのは、と言うよりも、息が絶えるのは時間の問題に見えた。
一対三なんて卑怯だと思った俺は鳥を追い払い、ヤツを助けた。全身血まみれで片目は潰れていて、普通ならば助からない状態。だけどうちには非凡なベルノルトがいたのだ。
彼に頼み、ケガを全て治してもらった。だけど弱った体を元通りにはできないと言うから、俺は必死に看病した。まだ両手に乗るサイズだったライアンは角が長い毛で隠れていて、普通の犬に見えたから俺はヤツに
『元気になったら一緒に散歩に行こう』とか
『友達になってくれると嬉しい』
なんてことを何度も何度も伝えて、生きる力を高めようとしたのだった。
そうして彼は無事に全快したのだが、その頃には犬ではなく魔獣と判明。飼うことは難しくなった。
かつては世界中に魔獣と呼ばれる特別な獣がたくさんいたらしいのだが、現在はほとんど見掛けることはない。人間が増えるにつれて彼らの住む場所が減ってしまったからだそうだ。今は山奥なんかに、ほんの少しいるだけ。ゆえに生態も分からない。
とりあえずは犬のように育てながら、親探しをすることにした。といっても十二歳の俺にできることは彼の似顔絵を描いて、毛を貼ったポスターを作るくらい。そのときは魔獣がポスターを理解できるかも分からなかったのだけど、それを近隣の森に掲示した。
そして半年後ついにヤツの父親がやって来たのだが、人の姿をしていて俺たちは仰天した。というのも魔獣が人の姿に変身できるなんて誰も知らなかったからだ。このとき初めて俺は子犬の名前がライアンだと知った。
ライアンは父親と一緒に、家族の住む森に帰って行った。
二度と会うことはないのだろう。
俺はそう思っていた。ライアンの父親は俺たち一家に深く感謝していたが、その裏には人間への不信があるように感じられたからだ。
なのに一年ほど前、突然ライアンがやって来た。仰天する俺にヤツはのほほんと、
「人の姿に変身できるようになったから、恩返しにやって来たぞ!」
と言ったのだった。
「どうしてライアンはベルノルトさんを嫌うんですか?」
森の道なき道を進みながらダフネが尋ねる。
「昔の僕はイヤなヤツだったから。アルノルトをめちゃくちゃ見下して、威張っていた」とベルノルトが笑顔で答える。
「子供のころの話だ」
「兄さんは寛大過ぎる」
「そうだぞ、アルノルトは大きな男なんだ!」誇らしげに顔を輝かせるライアン。「俺のケガを治してもらうためベルノルトの無茶ブリに応えて、モノマネまでしたんだ。ニワトリと小便する犬と……」
「やめろライアン! 黒歴史を掘り起こすな!」
「違うよ兄さん。俺の黒ーー」
「アルノルトッ!」
突如横っ飛びをしてきたリリアナに突き飛ばされる。その瞬間、上から落ちてきた巨大な何かがリリアナをすっぽり包んだ。
「姫様!」
「何だこれは!」
「花か!」
尻餅をついた俺の目の前には釣鐘形の巨大な花が屹立していた。
「リリアナ!」
腰の短剣を抜いて花に飛び付く。
と、
「退いていて!」
とリリアナの声がして、中から剣の切っ先が飛び出てきた。右に左にと花びらを切り裂き、リリアナが出てくる。
次々と周囲に花が花が落ちる。ベルノルトが呪文を叫んだ。とたんに強い風が吹き荒れ、花が飛んでいく。
「リリアナ、怪我は!?」
「ないわ」
俺の問いに悠々答えるリリアナ。どっと力が抜ける。
「……ありがとな」
「ごめん、会話に夢中だった」ライアンがしょんぼりしている。
「気を付けましょう。植物たちは強敵ではないみたいだけど、何があるか分からないから」
「閉じ込められて毒液でもかけられたら大変だ」とベルノルト。
「……それはどうでしょう」エデナが首をかしげている。「岩山でも感じていたのですが、彼らは本気で私たちに害をなす気があるようには思えません」
「どういうことだ?」とセシリオが尋ねる。
「怪物たちは手強かったけれど、私たちは誰も大きな負傷はしていません。最大の怪我はアルノルトさんが自ら転んで顔がぐしゃぐしゃになったもの。私たちが強いからかもしれませんが、それを割り引いても不自然です」
「手加減をされているの?」とリリアナ。
「多分」
「だが《永遠の魔女》は自分の元に助けを求めに来たら、容赦なく殺すと言ったのだぞ!」
セシリオの言葉にダフネもうなずく。ふたりとリリアナは魔女が呪いをかけたその場にいたのだ。
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