ep3.刈り上げ頭のあの子

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 真琴は抱えて持つ紙袋に顔を突っ込むようにしてうなだれた。 「翔真は、僕が自分のことを僕っていうのイヤ?」  顔を上げた真琴に上目遣いで見られて、思わず目をそらしてしまう。 「イヤっていうか、まあ、ね。……真琴の好きなようにすればいい」  大げさなため息が聞こえた。 「翔真がイヤかどうか聞いてんだけど」  責めるように聞こえて、反射的に真琴の方へ顔を向けた。まっすぐこっちを見ている。俺は目を合わせていられなくて、進行方向へ向いた。 「俺はっ。俺の前でだけは『わたし』って言ってほしいかな。他のヤツがいるときは『僕』のままでいいけど」  真琴が小さく吹きだした。 「そんな器用なことできないから、『わたし』に変えようかな」  俺は足を速めて真琴より少しだけ前に行き、振り返る。 「はっ、いや。じゃ、『僕』のままでいいよ」  数台の自転車が俺たちを追い越して行った。そちらへ目を向けた真琴がにらむような目で俺を見る。 「なんで、女だから『わたし』に変えた方がいいよね」  口をとがらせている彼女を見て、頬が緩みそうになる。隠すように口元に手を当てて、気持ちを引き締め、真琴の隣に並ぶ。 「ダメっ。『わたし』に変えたら、男子が真琴のこと女子扱いしそうじゃん。真琴がモテるのは女子からだけでいいよ」 「呼び方、変えたからって、そんな風にはならないと思うけど」  真琴は呆れたような表情をしつつも、食い入るように俺の顔を見てくる。言葉の奥に隠した気持ちを探られているようだ。俺は真琴の肩を軽くたたいた。 「ま、とにかく、まだしばらくは『僕』のままでいろ」  真琴は抱えていた紙袋を手首にかけ、斜め掛けのバッグから黒い箱を取り出した。 「あ、翔真。これ、僕から」  俺の足が止まる。合わせるように真琴も止まった。ちょうど街灯の灯りが届く場所で、よく見ると、その箱は濃いグリーンの包装紙で包まれていた。  真琴はうつむいて、箱を俺の胸にぶつける。 「本命からじゃなくて悪いけど。チョコもらえなかったんだって家でからかわれなくてすむんじゃない」  うつむいて刈り上げた首筋がマフラーから出て寒そうだ。俺は渋々といった様子を装って、箱を受け取る。 「真琴、これって俺に気を遣って、それでくれたのかよ」  勢いよく頭が上がって、思わず俺はのけぞった。そのままなら俺の額は真琴の後頭部に頭突きをくらっていたかもしれない。 「え……違うよ。翔真にあげたいと思ったから」  俺を見上げる真琴の目は、冬の澄んだ空気に負けないくらい、透き通った輝きを見せていた。俺はもらったチョコレートの箱を見つめる。 「真琴は自分のこと好きに呼べばいいよ。『僕』でも『わたし』でも、どっちも真琴だから」  俺は真琴のマフラーにてをかけて、彼女の刈り上げ部分まで覆うように巻きなおした。
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