ep2.ブラウンの紙袋

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 終業後、デスクを片付けてオフィスを出る。  エレベーターを下りて、人波に紛れ、ビルの入り口まで向かう。自動ドアの横にある観葉植物に並ぶように立って、エレベーターホールを見つめる。周りの人たちから頭一つ高い晴見がこちらを向いて、手を振ってきた。  いくつもの会社が入るオフィスビルの入り口は、終業時間を迎えて帰る人々でごった返す。こんなにも多くの人がこのビルにいたのかと驚く人数が、俺の横を通り過ぎていく。 「あれ、あの子、学生?」 「就職希望先の先輩と会う約束でもしてるのかな」  声のするほうを見ると、俺を見ていた。童顔の俺は社会人になって3年たった今も学生と間違われることが多い。  肩を落としてため息をつく。頭の上から吹き出すように笑う声が降ってきた。  顔を上げると、晴見が口元に手を当てていた。 「まだ学生に間違われんだね」  俺の頭を軽くたたいてくる。他の同期や先輩にされると苛立つこの行為も晴見なら嬉しさが勝ってしまう。顔が緩むのを見られないように、手の真ん中まであるコートの袖で顔を隠した。  オフィスビルを出ると、まだ雪が降っていた。パラパラとした状態で傘を差すほどではない。俺は空を見上げながら歩き、2人で駅前の本屋に向かった。一緒にオフィスを出るときの定番だ。今日は好きな作家の新刊が出るせいか、晴見の足取りは軽そうに見える。  本屋に入ってまっしぐらに新刊コーナーへ向かう。晴見のお目当ての小説は何冊も積み重ねられ、大々的に宣伝されていた。目を輝かせながら、それを手に取っている。俺はその隣に並んでいる別の小説を手にし、裏表紙にかかれたあらすじを読む。晴見が俺の手元をのぞきこんできて、頬が触れ合いそうなほど寄っている。俺の鼓動は激しくなって、脈打つのを感じられる。顔もほてってきたような気がした。横目で晴見の様子をうかがう。その視線に気づいたらしく、少し離れて俺のほうへ顔を向けた。 「顔、赤いぞ。どうした」  晴見が手を額にあててきて、心臓が大きく跳ねた俺は思わずうつむいた。自然と俺の額から離れた晴見の手は、今度は俺の髪に触れる。 「雪がついてる」  何の意識もしていなさそうな晴見の言動に、俺の気持ちがしぼんでいく。 「会計して、メシいこうぜ」  晴見の手を振り払って先にレジへと向かった。
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